体調不良(?)の正体
data_096:稀によくある悪いミラクル
次の朝、ソーヤに会ったらまた心肺の異常が出るのではないかと身構えていたヒナトだったが、とくにこれといって問題は起きなかった。
まったく何もない、というわけにはいかなかったものの態度に出るほどの不具合には至っていない。
せいぜいちょっと体温が上がったり、たまに胸の奥がきゅっと締め付けられる程度で済んだので、たぶんソーヤにもワタリにも気づかれていないだろう。
とにかく騒ぎにだけはしたくなかったので、ヒナトは内心ほっとしていた。
しかしそれはそれ、これはこれで、仕事が進んでいない。
それどころか今日もヒナトは元気にミスとドジを繰り返していたのだった。
まずすれ違いざまに肘をぶつけて花瓶をひっくり返す。
造花を挿していただけで水も入れていないので、これ単体では大したことではない。
問題はそこからドミノ倒しのごとくトラブルが連鎖していったことだ。
転がった花瓶を拾おうとして転倒、頭をキャスター付きの椅子に強かにぶつける。
椅子はそのまま床を滑り、ソーヤの座るそれにぶつかって進行方向をわずかに変えたあと、小物の入った小さなラックに衝突した。
ラックはそのはずみで倒れ、引き出しがすべて外れたうえ中身が床にぶちまけられる。
コケていたヒナトは立ち上がった瞬間床に散らばった文房具か何かを踏んで再度、今度は仰向けにすっころんだ。
痛いと思う暇もなく、転んだ拍子にまたも肘を打ちつけたらしいデスクから何かが落ちてきて、それを視認するより先に痛みと冷たい感覚がヒナトの顔面を覆う。
「おいおいおい……」
「ヒナトちゃん大丈夫!?」
ちょっとした大惨事に男子たちの声にも焦りがある。
ヒナトは呆然としながら、しばらく何も言えずに顔を覗き込んできたふたりを見上げていた。
「……いひゃいれす」
「大丈夫か呂律回ってねえぞ。とりあえず立てるか?」
「はい、タオル」
ソーヤの手を借りてなんとか身を起こすと、ひんやりとしたものが服の中をつつっと流れ落ちる感覚があった。
それにこの甘い香り。
どうも頭からココアを被ってしまったらしい、……なんてもったいない……。
とりあえずワタリからタオルを受け取って顔と髪を拭くが、制服もびしょびしょだ。
どのみち着替えなければダメだろう。
落ち着いて周囲を見回すと、もう言葉にできないような光景が広がっていたので、ヒナトはがっくり肩を落とした。
もうこの片づけだけで一日が終わりそうだ。
一体全体何がどうしてこんなことになってしまったのだろう……。
「怪我ないか? まあとりあえず着替えてこいよ」
「すみません……」
「ついでに髪も洗ってきなよ。片づけはさすがに僕らも手伝うから、焦らなくていいからね」
「えっ今日のワタリさん優しいですね」
「おや? 僕はいつも優しいつもりなんだけど」
そうかな。
そうかも。
たまにしれっと黒いこと言うときがあるけど、基本的には優しいかも。
とりあえずヒナトはふたりに謝罪とお礼を繰り返しつつ、オフィスをあとにした。
連絡通路を渡って生活棟に移動し、洗濯室で予備の衣類をもらって浴場へ。
シャワーを浴びて身体にまとわりついたココアを洗い流し、髪を乾かし、きれいな制服を着直して、それから汚れたほうを洗うのだ。
再びランドリーに戻ってまとめて洗濯機に放り込み、ようやく一息ついた。
透明な扉越しにぐるぐる回っている洗濯ものを眺めながら、やっぱりまだ不調なのかもしれないな、とぼんやり思う。
もともとドジとミスは得意技だったが、今日のはさすがにひどい。
いや、悪い偶然が重なった結果があれなので、すべてがヒナトの不注意によるものではないのか。
さっきは心配されたが、たぶん戻ってから改めて叱られるんだろうな、と思うとますます気が滅入る。
そりゃあ最初に花瓶を落として転んだのはヒナトだが、そのあとの不幸と悪運の連鎖までは責任をとりきれない。
あんなのどうやって防げばいいというのだ。
ヒナトがもにゃもにゃ唸っていると、背後で扉の開く音がした。
振り向くとそこには大きなカゴが立っていた──もとい、カゴを抱えた白衣姿の小柄な女性がいた。
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