data_086:常夏のひまわり

「いつも明るくって前向いてて、でもってじーっとソーくんを見てるとこ。ソーくんがいないとしょんぼりしちゃうとことか、太陽が大好きなひまわりみたい」

「……え、え、えええ!? 急になに!?」

「まあ色味もどことなくね。あと黙っててもなんとなく騒がしい感じとか」

「サイネちゃんまでなに!? っていうかそれはあんまり褒めてないよねえ!?」


 どっちかっていうとけなされている感のほうが強い。

 正直喜んでいいのかわからずヒナトは困惑したが、サイネはちょっと笑って続けた。


「ああ、言い間違えた。賑やかってこと」

「まあサイちゃんにしては珍しくまともに褒めてるんじゃなぁい?」


 アツキもからからと笑い始め、つられて思わずヒナトも頬が緩んでしまう。


 みんな機嫌がいい。

 久しぶりのお出かけが楽しくて、みんながいるから嬉しい。


 毎日ずっとこんなふうに笑っていられたらいいのに。

 誰かが急にいなくなってしまうことなんて一瞬だって考えずに、ただ目の前の幸せだけ見つめていられたらいいのに。

 涙の日なんて来なければいいのに。


 楽しいはずなのに、どこか胸の奥が寂しいのはなぜだろう。


 それは忘れられないからだ。

 小さな女の子のあまりに突然の死と、最愛のモデルを失った少年画家の悲嘆が、まだヒナトの底にこびりついている。


 ふとした瞬間に思い出してしまう。

 もうフーシャがGHのソアになることも、そこで友人たちと楽しくすごすこともないのだと考えてしまう。

 そして蘇る哀惜の声──フーシャがいなければ絵が描けない、彼女でなければいけないのだというコータの慟哭が、耳の奥にこだましている。


「……ヒナちゃん?」


 アツキの声にはっとする。

 いつの間にか俯いていた顔を上げると、少し心配そうなふたりが目に入った。


「──あたし、これ買おうかなぁ」


 精一杯笑顔を作ってそう言った。

 ふたりに余計な気を遣わせたらせっかくの外出が台無しだ。


 アツキからブローチを受け取って値段を見てみたが、そう高いものでもなく、お小遣いの範囲で問題なく買えそうだった。


 ソーヤを眼で追いかけているひまわり、という喩えは悪くない。

 実際彼の体調なんかを気にして観察しまくっているのは事実であるし、それに、ひまわりの花自体もけっこう好きだ。

 これを機にトレードマークにしようか。


 あとブローチなら普段の制服にも着けられる。

 アツキのバレッタのような『そのソアのお馴染みのアイテム』にじつはちょっと憧れがあったのだが、これならちょうどいい。


 ヒナトはひまわりのブローチを無事に購入し、満足して百貨店を後にした。


 外出時間はまだ終わりではないが、さすがにウインドーショッピングは十二分に堪能できたので、のんびり歩いて集合場所に向かうことにする。

 そういえば今回アツキとサイネは何も買わなかった。

 聞けばわりといつもそうらしく、けっこう貯金が捗っているらしい。


 ヒナトもいざというときのために貯めるべきだろうか。

 あ、あとソーヤとワタリに起きた日プレゼントを買いたいのだった、いつでもいいように備えなければ。


 とりあえず次回は下見をしたい。

 となると、それまでに期日とプレゼント内容を決めなくては。

 つまりはふたりの起きた日を聞き出しつつ、好みの傾向をリサーチしなければ。


 などとあれこれ考えながら、三人は大通りに挟まれた公園を突っ切っていた。

 横断歩道を渡るよりもこちらを通るほうが安全だし、あと景色もいいから、とはアツキの言だ。


「……あ! ニノりんとユウラくんみーっけ。やっぱり近くにいたんだ~」

「さすがに道中出くわしはしなかっ……」


 アツキのほんわかした声のあと、サイネが言葉を途切れさせた。

 それどころか三人の歩みも止まった。


 公園は広く、花壇に挟まれた石畳の遊歩道がずっと続いているが、その先。

 噴水が心地よい音を鳴らしているその向こうに、見知ったソアの少年たちの姿が見える。

 それだけなら何の問題もないのだが、彼らはふたりではなかった。


 彼らを呼び止めて、なにか話し込んでいるようすの見知らぬ若い女性がいたのである。



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