data_087:優しい花には毒がある

 前回までのあらすじ。

 外出先で知らない女性に話しかけられているユウラとニノリを発見。

 あらすじ終わり。


 説明するとたった一行のできごとである。

 しかし、これがサイネとアツキにとってはただならぬ状況らしい、ということはヒナトにもわかった。


 なぜならふたりは噴水の陰からじっとその光景を眺めている。

 どちらも何も言わず、もちろんユウラたちに駆け寄ったりすることもなく、ろくに会話も聞き取れない微妙な距離からようすを窺っているのだ。

 妙に空気が張りつめていて、ヒナトも迂闊に話しかけられそうにない。


 そして覗かれている男子たちはというと、そちらも穏やかとは言いがたい雰囲気だった。


 主に相手をしているのはユウラらしかったが、彼はいつもの無表情のままほとんど口を開いていない。

 女性のほうが一方的に、しかもやや興奮気味にまくし立てているようすで、ユウラは彼女の勢いに気圧されているようにも見える。


 そしてニノリに至ってはユウラの陰に隠れていた。

 そこだけ見るとユウラを信頼しているのがよくわかって微笑ましいが、当のニノリの表情はかなりこわばっていて、女性に対してかなり警戒しているようだった。

 ユウラもそれを感じているのか、どことなく片腕がニノリを庇うような動きをしている。


 そしてふいに状況が変化した。

 どうやら女性がニノリに向かって話しかけたらしい。


 少年はびくりと肩を跳ねさせて、おっかなびっくりというようすでユウラの陰から顔を覗かせる。

 しかしすぐにまた引っ込んでしまい、ユウラも限界を感じたのか、ニノリの腕をとってその場を離れようとしたらしかった。

 だが、それを女性は許さなかった。


 女性はまずユウラの腕を掴んで引き留め、それからあやすような仕草でニノリの頭を撫でようとした。


「──サイちゃん、ごめん」


 そこで急にアツキが動いた。

 なぜかサイネに対して謝罪の言葉を述べた彼女は、まっすぐにユウラたちのところへと駆け寄っていく。


 ヒナトはぽかんとしていたが、次の瞬間サイネに手を掴まれ、そのまま引きずられるようにしてアツキのあとを追うことになった。

 それゆえ追いつけはしなかったものの、アツキが彼らに向かって何と言ったのかは聞き取れた。


「ニーノり~~んッ、お待たせ! 遅くなってごめんねぇ!」


 アツキはそう言って人目も憚らずニノリを抱きしめた。

 彼らと待ち合わせる予定などなかったはずなのだが、ニノリはそれに突っ込む以前に、急なアツキの登場および公衆の面前での熱烈なハグに驚いてそれどころではなさそうだった。


「ちょっ、あ、アツキ、なんでいる……っていうかここ外だッ……」

「帰りはこの公園を通るって話したでしょ~? うりうりー、照れてるニノりんもかわいいぞー、うりー」

「やめろやめろ人前でそれはやめろ……!」


 アツキに思い切り頬ずりをされ、ニノリは真っ赤になっている。

 普段ほとんど話す機会もなく、不愛想でかわいげのない彼しか知らないヒナトにしてみれば、それはなかなかに新鮮な姿だった。

 確かにこれはちょっと、アツキが彼をかわいいと言うのが理解できるかもしれない。


 しかし和やかな空気はそこでふっつりと途切れる。

 アツキはぴたりとニノリを愛でる手を止め、くるりと顔だけで女性のほうを向いたのだ。


 先ほどまでのようすとは打って変わって、人形のような無表情で。


 女性はもともとアツキの乱入と奔放な言動に驚いて固まっていたのだが、アツキと眼が合った瞬間、その喉からひっとひきつったような声を上げた。

 ニノリに対する温かさはなりを潜め、アツキは冷ややかな声で静かに言った。


「……うちの子に触らないでくれる?」


 その瞬間、こちらまで頭から氷水をぶちまけられたような心地がした。

 普段の温厚で優しいアツキを知っているからかもしれない。

 今の彼女はまったくの別人のようで、いつもの柔らかさは微塵もなく、ただただ頑なで冷たい。


 初対面の女性にしても、直前の言動との落差に驚いただろうし、何よりアツキが向ける目線があまりにも敵意に満ちているのに気付いただろう。


 彼女は青ざめ、よろけるようにして後ずさる。

 何か言おうとしたのか微かに口を動かしたのは見えたが、その喉から声らしいものは出てこなかった。


 呆然としてそれを眺めるヒナトの隣を、ふいに誰かがすり抜ける。


 気付けば手が離されていて、サイネはするりとユウラの隣にいくと、なんと彼の腕をぎゅっと抱き込んだ。

 それも普段のサイネからは考えられない行動だった。

 誰よりもユウラがいちばん驚愕した表情でそれを見下ろしているのが印象的だった。


「あなたがどこのどなたかは存じ上げませんけど、時間がないので失礼します」


 サイネは妙に折り目正しく、しかも存外に穏やかな声音でそう告げる。

 そして言葉を失っている女性にそれ以上は構わず、ユウラの腕を抱いたまますたすたと歩き出した。

 アツキとニノリも彼女たちに続いたので、ヒナトも慌てて後を追う。


 途中、少し気になったのでふり返った。


 まだ女性はその場に留まっていた。

 そして呆然としたまま、その後もしばらくこちらを見ていたようだった。



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