data_085:浴衣はちょっと着てみたい
アツキに手を引かれて浴衣コーナーにちょっとだけお邪魔する。
少し歩くと、それらしい装いをしたマネキンが立っていた。
「あと着方がわかんないんだよね。一人じゃ難しそう。あ、ほら、ここに必要な小物とか書いてあるでしょ」
「……なんじゃこりゃ」
マネキンの隣に浴衣の着用方法をイラストで説明した雑誌が広げてあった。
確かに何がなんだかわからないし、小物にしても、見たことも聞いたこともないものばっかりだ。
しかし、アツキが着てみたいと言うのもわかる。
GHの制服はもちろん、お出かけ用の私服ともまったく違う。
形は当然として、色合いや模様なんかも他にはない変わったものが多く、そのどれもが上品で不思議な魅力に満ちているのだ。
帯とかいうベルトの親玉みたいな布で背中のところに大きなリボンが作られているのもかわいらしい。
しかもマネキンは数体いたが、おおよその形状こそ同じものを着ているのに、色柄や帯が違うだけでこんなにも雰囲気が変わるのか、と驚かされる。
帯や襟にちらりとレースをあしらっているものなんかもあり、そうなるとかわいさ数倍増しだ。
「いいなあ……あっこれかわいい」
「ちょっとアッキー、こんなの買っても着れないんだから」
「見るだけだから許して~。あー、そだそだ、サイちゃんはもし着るとしたらどれにする?」
アツキにそんな話を振られ、サイネは面食らったような顔をした。
そんなこと考えたこともなかったのだろう。
つっぱねるのかなと思ったが、なんとそのまま周囲の浴衣を見比べ始めたので、ヒナトはちょっと意外に思った。
「ほらほらヒナちゃんも。どれがいい?」
というわけで、ヒナトも選んでみることにする。
買うわけじゃなくても、着れなくても、見るだけならタダだしそれで充分に楽しい。
「うーんと……これかな……あ、こっちでもいいな」
「私はこれ」
「おーいいねえ。うちはこれ!」
サイネが選んだのは白い地に、紫の花柄が大きめに染め抜かれた一枚だ。
花の種類はヒナトにはわからないが、迫力があってサイネらしいし、セットの帯が渋くて恰好いい。
アツキが見せたのは華やかな紅色に、きらきらした曲線や模様が入ったエレガントなものだった。
大人っぽいチョイスはちょっと意外だ。
でも背の高いアツキなら間違いなく着こなせるだろうし、セットになっているのが何かふわふわした珍しい布地の帯で、ほどよくかわいい一品である。
そしてヒナトはというと、決めきれなかった。
候補に挙げたのはいずれも水色の生地が涼しげなもので、どちらも白い花柄が入っている。
生地などの質感がそっくり同じ、ほぼ柄違いの浴衣だ。
片方はさくら柄、もう片方はバラ柄で、それぞれ濃いめの黄色と紫色のシンプルな帯がセットになっている。
「うーん、バラは大人っぽいし、さくらはお上品て感じ。どっちもかわいいね」
「ね。こいつは迷うなぁ……」
「さくらのほうがいいんじゃない」
「あ、そう?」
ふむ。
確かにまだヒナトにはバラ柄は早いかもしれないし、おしとやかさも欲しいから、さくら柄でいこうか。
……なんつって、買わないんだけど。
その後も三人はウインドーショッピングを楽しんだ。
フロアを練り歩いているうちにちょっと足が疲れてきたが、たまの外出だと思うと休憩する気にもなれず、いつまでもあれこれ見ていたくなる。
きらきら光るアクセサリーを眺めていると、ふとアツキが言った。
「あ、ひまわり。夏だねぇ」
見れば彼女の視線の先に、ひまわりの花を模ったブローチがあった。
その周囲には他にもアサガオやあじさいといった夏を代表する花をモチーフにしたものが並んでいる。
先日の造花のことを思い出したヒナトは、なんとなくふたりにそれを話した。
なぜか男子たちが花について妙に詳しかったこと、夏らしい花にしろと言われて右往左往し、結局ひまわりに落ち着いたこと。
「まあガーデンに図鑑があったし、みんな一度は眼通してるんじゃないの?
他に読むものがなくなると最後に行きつくのがあれだからね。ガーデンの本棚でいちばん分厚いし」
「そだねぇ。ヒナちゃんは読まなかったんだ」
「あ、……あはは。あたし本はあんまり好きじゃなくて」
あやうく墓穴を掘りかけたヒナトは苦笑いで誤魔化した。
ガーデン時代の記憶がないことはふたりにまだ話していないし、こんなきっかけで知られたくはない。
「……ね、ちょっと思ったんだけど、ヒナちゃんてひまわりに似てるよね」
アツキが急にそんなことを言って、ブローチをヒナトの眼前に翳した。
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