data_084:水着って布面積少なすぎない?
そこはまさに楽園だった。
見渡す限りフロア一面、若い女の子向けと思われるアパレルショップが立ち並んでいる。
思わず駆け出しそうになるヒナトだったが、アツキの手にしっかりと掴まえられていたため、歓声めいた奇声を上げただけで済んだ。
でも大変だ。
どこもかしこも素晴らしすぎて、どこから回ればいいのかわからないし、とても今日中にすべて見られるとは思えない。
ヒナトは軽くパニックを起こしそうだったが、サイネたちは冷静である。
わたわたしているヒナトの首根っこを掴み、迷いなくすたすたと特定のショップを目指して歩き出した。
「えー、えー、どこ行くの」
「価格帯ってのがあるの。あのあたりは私らじゃ手が出ないから」
「かわいいけど高いんだよねぇ。まあ見るだけならいいし、どうしても欲しかったらお小遣い貯めるって手もあるんだけど」
でも見たら欲しくなっちゃうから、見ないに越したことはないのよね、とのことだった。
そういうものか、とヒナトはちょっと肩を落とす。
花園からもらえるお小遣いはそんなに多くない。たぶん。
外出のたびに定額もらえるし、それを使わずに持ち越すことはできるが、その間は何もお買い物ができなくなってしまう。
たぶんそういう計画的なことはヒナトには無理だ。
ともかくサイネたちがおすすめするリーズナブルなショップに入った。
しかし、結論から言えばヒナトにはそれで充分だった。
もともとそんなに眼が肥えていないのもあり、どれを見ても新鮮で素敵で、かなり楽しい時間をすごせた。
悩みすぎて結局そこでは何も買えなかったが、まあそれも一興だ。
それに店はまだまだある。
時間の許す限りいろいろ見て回りたい。
次はどこにしようかと言いながら三人は通路に出て、とくに目的地を決めずにふらふら歩いた。
聞けばレディースの取り扱いフロアは三階以降にもあるらしい。
幸か不幸か、四階以上は対象年齢が上だったりメンズ向けだったりするそうなので、さほど大冒険にならなさそうではあるが。
とかどうとか言っていると、ひときわ鮮やかな一角が目に飛び込んできた。
その入り口に掲げられた、目の醒めるような色合いののぼりには、『水着フェア』とある。
パッと見、それは下着みたいな形をしている。
なんかちょっとつるつるすべすべした素材で作られた、色味が派手なブラジャーとパンツ、というのが第一印象だ。
サイネとアツキの説明によれば、それは水辺で着用するための衣類らしい。
水辺というのは海や川、あるいはプールとかジャグジーだとかの、とりあえず花園とその周辺には存在しない環境のことである。
まあ着る機会がないので、ソアには必要のないものだ。
「うちら泳げないもんね。こーゆーのにはご縁がないねえ」
「でもこれ、こんなお腹とか肩とか丸出しなのばっかりだけど……これ、外で着るの? 人前で?」
「逆に布が多いと泳ぐのには邪魔らしいからね」
ヒナトはまじまじと水着を見つめた。
こんなに露出の多い恰好、とても恥ずかしくてできそうにないのだが、世間じゃこれを着るのがふつうなんだろうか。
世界は広い。そしてちょっと怖い。
でも、もしヒナトがこんなセクシーな恰好をしたら、どう思われるのかな、なんて考えてしまった。
すぐチビとかいって子ども扱いしてたけど、少しは見直すんじゃないだろうか。
……うん?
なんでまた想定相手がどこぞの班長さんなんでしょうか?
また顔が真っ赤になりそうだったのと妄想劇場にもつれ込みそうだったので、ヒナトは咄嗟に両手で自らの顔を思い切り叩いた。
パァン! というすがすがしい音が響きわたり、サイネとアツキがぎょっとした顔でふり返る。
「……あんた何してんの?」
「な、なんでもない……」
「ほっぺ真っ赤で痛そうだよ、大丈夫~?」
「うん、……ちょっと痛い……」
ちょっと力みすぎたな、と反省したヒナトだった。
幸い店内は空調が効いていてちょっと寒いくらいだったので、吹き下ろしてくる冷風で頬を冷ましながら水着コーナーをあとにした。
その少し奥には、またかなり毛色の違う衣類がずらりと並んでいる。
……たぶん衣類だと思うのだが、見た目は四角く折りたたまれた布なので、どんな形なのかがよくわからない。
飾られたポップには『浴衣と帯がセットになっています!』とある。
「よ……よくい?」
「ゆかた、ね。これもまた私らには縁がないけど」
「デパートで水着と浴衣が並んでると夏だなって感じするねえ。いいなぁ、こっちは一回くらい着てみたいなぁ」
「これはどこで着るものなの? 字からするとお風呂?」
「昔はそうだったらしいけど、今だとお祭りとか花火大会とか……その手のイベントって夜が多いし日時も決まってるから、まず解放日とは重ならないし」
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