夏のおでかけ

data_082:班長様はご機嫌斜め?

 生活資材庫で選んだ夏物衣類は、先に一度洗濯しておいたほうがいいと言われた。

 たしかにずっと埃っぽい倉庫の奥にあったものだし、そのまま着ないほうがいいのは確かだろうと思い、ヒナトは素直にシャツとスカートをクリーニングルームに出した。


 そして今日、ヒナトはきれいになったそれらを受け取った。


 ほんとうなら一度試着しておきたかったが、お出かけは午後から。

 午前中は業務だ。

 とりあえずベッドの上に広げて並べ、袖を通すイメージトレーニングだけして、ヒナトは朝食に急いだ。


 食堂ではみんなの顔色をさりげなくチェックした。

 ひとまず外見上は体調の悪そうなソアはいないようだが、果たして診断ではどう出るか。


 そしてふと、ワタリの姿がここでも見られないのに気が付いた。


 そういえば彼とは朝に会ったことがない。

 というか、夜もない。オフィス以外で出会ったことなんてほとんどない気がする。

 そんなことってあるんだろうか。


 なんだか妙に気になったので少し粘ってみたら、少し遅めの時間になってからふらりと姿を現したので、なぜかヒナトはほっとした。

 単に朝にあまり強くないだけだったか。


 その後はいつもどおりオフィスでソーヤにちくちく怒られる時間をやりすごしながら、一刻も早く午後になるのを祈るのだった。


 しかしこういうときほど時間が経つのが遅い気がする。

 のろのろと回る時計の針を心の中で叱咤激励しながらも、ヒナトはこれまたいつもどおりの逃げを打った。

 お茶汲みである。


 しかし、今日に至っては班長ストップが掛けられた。

 未だかつて前例のない出来事だった。


「昼まであと三十分しかねえだろ。茶は要らんから仕事しろ」


 もっともな理由だった。ヒナトは撃沈し、立ち上がりかけていた腰を時計の針よりも遅く椅子に戻す。


「今日はまた一段と手厳しいね」

「そうか? いつもどおりだろ」

「……、そうかもね」


 何か含むようなワタリの声に、ソーヤは鼻をフンと鳴らしただけだった。


 確かにちょっといつもより厳しいというか、言いかたもきついような気は、ヒナトもしている。

 機嫌が悪いのかなと思っても、しかしそれを口に出せるはずもなく。


 というか、まさか、体調が悪いとか、そういうことではなかろうな。

 ヒナトは心配になってソーヤをまじまじと観察してしまったが、とりあえず顔色などは問題なさそうだった。

 そしてすぐに気づかれ、なんだよ、とつっけんどんな調子で言われる。


「いえっべつに……」


 やっぱり機嫌は確実に悪いよなあと思いつつ、ヒナトは黙った。


 何か言っても余計怒らせてしまうだけだし、余計なことはせずに、午後を待つしかない。

 もし体調に問題があれば事前検診で止められるだろうし。



・・・・・*



 そんなこんなで午後開放である。

 無事に検診も済み、ヒナトは少し緊張しながらTシャツとスカートに着替える。

 自室には全身映せるような大きな鏡はないので、すぐ玄関に行かずに浴場に寄って、そこにある姿見を使って前後くまなくチェックした。


 やはりシフォンのフリルスリーブがかわいいし、スカートの線もいい感じだ。

 タニラに相談してよかったなと満足しながらロビーに向かうと、ヒナトの気分とは裏腹に、ちょっと雰囲気が良くなかった。


 その中心はソーヤである。

 相変わらずの不機嫌に、心配そうなタニラとエイワの声がする。


「やっぱり止める? お留守番なら私も……」

「大丈夫だよ。おまえは心配しすぎなんだって、それにこんなんでエイワの初開放取りやめにはできねえだろ」

「いや無理そうなら俺はその、タニラとふたりでも構わないけどさ……あ、タニラが残りたいならユウラたちんとこ混ぜてもらうでも、べつにぜんぜん、うん」

「おめーは気ィ遣いすぎだよ。……引っかかったわけじゃねえんだから、これ以上あーだこーだ言うのはやめようぜ」


 というような会話が聞こえてきて、なんとなく事情がわかったようなわからないような。

 ヒナトはサイネとアツキのところに駆け寄った。


 ふたりから聞いたところによると、ソーヤは検診こそ問題ないという結果になったものの、ラボの職員から引き留められるようなことを言われたらしい。

 積極的に止めはしないが、できれば外出は控えることをすすめる、というようなことをだ。

 それを聞いたタニラがそれなら留守番をするべきではないかと言い出して、今のような状態になったという。


 うーん、ヒナトとしてはタニラに賛成だ。

 ラボの職員が言いたいこともわかる。現時点で問題がないように見えても、ソーヤの体内にとんでもない爆弾が潜んでいることには変わりない。


 しかし結局ソーヤの意見が押し通されたらしく、三人は一緒に送迎の車に乗り込んだ。


 ヒナトたちも別の車に乗る。

 そして隣に座ったサイネを見て、今さらはたと気が付いた。



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