data_074:空は遠く、地はほど近い

「ゲートCの十一番を開けてくれ」

「はい」


 職員たちの声がする。

 メイカとリクウは作業には加わらず、ただ見ている。


 手を出すことは許されていない。ふたりがソアである限り、他のソアの死に触れてはならない。

 しかし同時に眼を逸らしてもいけない。

 だから何が行われているのかを、瞬きもせずこの両眼に焼き付けている。


 なぜならこれが、これこそが、ソアがこの世に生まれた罪に対する罰なのだ。

 ……少なくともメイカはそう思っている。


「搬入完了。ゲートを閉じます」

「了解。……おやすみ、フーシャ……」


 棺をぴったりと呑み込んだ狭い横穴が閉じられる。

 それをソアたちは黙って見つめている。


 少女は死ぬ間際に何を思っていたのだろう。

 同期でただひとりの生き残りとなる少年を想っただろうか。

 無二のモデルを失ってひとり残された画家の、孤独な未来について憂えただろうか。


 自分なら、と考えながら、メイカはもう一度リクウを見た。


 ──私は這ってでもあなたを殺しにいくわ。


 あなたも同じでしょう、と声に出さずに、何メートルも離れた彼に向って問いかける。

 聞こえなくても伝わるはずだ。

 そして実際、リクウはこちらの視線に気づき、かすかに頷いた。


 俺もそうするよ、と言っている気がした。




・・・・・*




 あれからずっとコータは呆然自失としていた。

 実習にもまったく身が入っていなかったが、この状況で誰がそれを咎められようか。


 幸か不幸か、実習には目標や基準といったものが定められていない。

 最後の一日を悄然としたまま、椅子に座るだけでほとんど何もせずに無為にすごしたとしても、とにかくオフィスにいたという実績は残るのだ。

 一週間という期間設定も形だけのもので、それも今日で終わりを迎えた。


 第一班の三人は、全員でコータをガーデンまで送る。

 誰に言われたわけでも、誰かが言い出したわけでもなかったが、自然とそうしていた。


 ガーデンの保育室は広々としていて明るい。

 絨毯の敷かれた床に、コータより小さな子どもたちが三人ほど、座ったり寝ころんだりして遊んでいる。

 もう時間も遅いせいかあまり年少の子はおらず、恐らくそちらを寝かしつけに行っているのだろう、職員の姿は近くには見当たらなかった。


 ひとりがこちらに気付いて絵本を放り投げ、それを見たほかの子どもたちも顔を上げる。

 彼らはコータを見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「こぉちゃん!」

「コーくんおかえり~」


 その中でも少し大きな子が声をかけてくる。他の子は、まだあまり喋れないか、あるいは見慣れぬヒナトたちに人見知りをしているのだろう。

 コータは慣れたようすで彼らの相手をするが、表情はどうしてもこわばっている。


「ふーちゃんはー? いっしょじゃないの?」


 何気なく、誰かがそう言った。

 その言葉に反応して他の子どももフーシャの名前を口にする。

 彼らはフーシャの身に起きたことを知らされていないし、聞いたところで理解ができる年齢ではない。


 誰も、悪気があって言ったわけではない。

 とはいえ、どう返していいかもわからない。


 ヒナトはコータを見たが、少年は黙り込んでいた。

 小さな身体じゅうから今にもあふれ出しそうな悲嘆と涙とを、どうにか外に出すまいとして、一生懸命に呑み込んでいるような表情だった。

 つられてヒナトも涙ぐんでしまい、それをこらえるためにコータの手を握る。


 そこに、温かな手が降ってきてふたりの頭を包んだ。


「……フーシャは一足先に寝るってよ。コータも疲れてるから休ませてやってくれな」


 ソーヤだった。

 彼の言葉に子どもたちは不満げな顔をしつつも、遅れてやってきたガーデンの職員たちに促され、コータから離れていく。

 その職員を呼びに行っていたらしいのは、いつの間にか消えていたワタリだったようで、彼は戻ってくるなりヒナトとコータの肩を軽くぽんぽんと叩いた。


「お疲れさま。じゃあ僕らは戻ろうか」

「……お世話になりました」

「次に会うのは早くても再来年かな。……元気でね、コータくん」


 その言葉にコータは涙ぐんで、俯いて、それでもたぶん、頷こうとしていた。



 少年と別れ、三人はそのままエレベーターでGHの宿舎へ向かう。

 もうオフィスには用はないし、夕食や入浴の時間が階層ごとに決められているから、それまでに身の回りの支度をしなければならない。


 エレベーターの中があまりにも静かで、それでもヒナトは、しばらくそこから出たくないように思った。

 この沈みきった気持ちを抱えたまま、ひとりきりの部屋に戻るよりは、沈黙しかなくてもふたりと一緒にいたほうが、ほんの少しだけでもましな気がする。

 誰かがいてくれたほうが、まだ涙をこらえられるような気がする……。


 けれど時間は無情にすぎさり、ヒナトを残してソーヤとワタリはかごを降りた。


「じゃ、おやすみ」

「また明日な」

「……おやすみなさい」



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