data_070:不安

 ソアの、ひいてはアマランスという技術の欠陥についてはすでにエイワも知っている。

 GHにいればなんとなく情報が入ってくるのでわかるようになる。

 とくに三班にはアツキという優秀な情報収集家がいて、彼女のバックにはGHきっての研究家であるサイネがいるからだ。


 それにガーデンにいたころから不穏な話は何度も見聞きした。

 大人たちは隠そうとしていたようだけれども、彼らが思うより何倍も子どもは耳聡い。


 病には無縁とされるソアでも倒れることはある、と知識としては知っていたが、その実例を身近なところで知った今、エイワの脳裏にひらめくのは先日の給湯室でのできごとだ。


 一班の秘書、名前はたしかヒナトといったか。

 彼女がエイワに言いかけていた言葉──聞きそびれたのでわからないが、ソーヤのことを何か話したがっていたのは確かだ。

 び、と聞こえた気がしたのだが、まさか「病気」か?


 確信はない。考えすぎかもしれないし、そもそも聞き間違いだった可能性もある。

 それに、もしそうならタニラがもっと騒いでいてもよさそうな気がするが、今のところそれらしい姿は見ていない。


「……なあ、アツキ」

「うん?」


 抜けているように見えて案外隙のないアツキは、もしかすると訊かれる前からこちらの言いたいことを察しているのかもしれない。

 明るい声で応対しながら、どこか眼が笑っていなかった。


「もしかして前にもあったのか? こういうことが」

「こういうことって?」

「だからさ、ソアの誰かが調子悪くなったりとかって騒ぎになるような……」

「あー、そんなのしょっちゅう!」


 アツキはけらけら笑って、なぜかニノリを抱きしめる。


「ちょっと前にもねー、プリン切れでニノりんが爆発しちゃって大変だったもんねえ」

「……ッその話はエイワには言うなって……!」

「あ、そだっけ、ごめんね。でもうちが言わなくたって、いつかは聞くことになっちゃうと思うよ~。

 それに最近はずっといい子にしてるよねえ、えらいえらいっ」

「またそうやってガキ扱いする……」


 また目に見えてニノリの機嫌が悪くなる。

 これはかわされたらしいな、とエイワはひそかに溜息を吐いた。


 位置も悪い。三人のデスクは横一列に並び、アツキとエイワの間にニノリがいる。

 遠まわしに訊いたのもまずかったが、このうえヘソを曲げた気難し屋の班長を盾にされてしまっては、これ以上追及を続けようという気にはなれなかった。

 あまり強くは出られないこちらの性格と立場を、彼女は完全に把握している。


 案の定ニノリは八つ当たり気味にエイワを睨んできて、雑談は終いだと通告してきた。

 とばっちりで恥を晒されたらしいことには同情しなくもないけれど、その、まるでこちらのせいで辱められたかのような眼差しは勘弁してほしい。


(……ていうかなんだよプリン切れって)


 エイワの勘が正しければ、その情報は今後の秘書業務にも関わってきそうな気がするのだが。

 たぶん今それを訊くのも難しいだろうな、とニノリの仏頂面を見て察したエイワは、諦めてデスクトップに向き直った。




・・・・・*




 そろそろ休憩にするか、という何気ないソーヤの言葉に誰よりも過敏に反応したのはコータだった。

 ソーヤは事情を知らなかったのでヒナトに説明を求めたところ、どうもフーシャの見舞いをする予定になっていたらしい。


 そういうことは先に言え、と突っ込むかどうか少し考えて、後でもいいか、と思い直す。

 あれからコータの前ではヒナトを叱らないように努めていた。初日に泣かせそうになったのを地味に引きずっている。


 ただ、作業の進捗状況によっては休憩時間をほとんど設けない日もあるのだから、個々で要望があるようなら早めに伝えてほしいのも事実だ。

 知らないことには配慮のしようがない。

 ……それで誰かを傷つけるような経験は、もうしたくない。


「ヒナは茶ぁ汲んでこい。医務部には俺が連れてくわ」

「あれ、てっきり僕にお声がかかるかと思ったのに。医務嫌いじゃなかったんだ?」

「……おまえな」


 こんなときに喧嘩売ってくんじゃねえよ、と目線で返すと、性悪な副官はくすりと笑った。

 幸い秘書と実習生には意味がわからなかったようできょとんとしている。


 ともかくそわそわと落ち着かない少年とヒナトの首根っこを掴み、ソーヤはオフィスを出た。



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