data_069:疑念
表面のディスプレイにスキャンの結果が映され、リクウはそれを横のコンピュータの画面で確認している。
同時に紙のカルテがスキャナに備え付けの印刷機から吐き出される。
黙っているとここは機械の稼働音ばかりに満ちていて、温かみというものがまるでない。
「あの、……リクウさん」
「ん?」
「フーシャちゃんの具合、どうなんですか? その、原因とかって……」
静寂に耐えきれなくなったヒナトがそう尋ねかけると、リクウは静かな声音で返してきた。
「──アマランス疾患。第二ステージ末期だ」
ヒナトはぎょっとしてリクウを見る。
その答えを想像しなかったわけではない。
けれどラボはその病を公表してはいないのだ。
そのラボに所属する人間の口から、そのものずばりの単語が出てくるとは思っていなかった。
対するリクウは落ち着いていた。
そして、そもそも彼はラボの職員である前に、ソアだった。ふたりきりの『前世代の生き残り』の。
「その反応を見るに、意味は知ってるみたいだな」
「い、一応……そういう病気があるってことくらいは……。
あの、そのなんとか末期っていうの、なんか、響きがすごく怖いんですけど」
リクウは答えなかった。
曖昧に笑んでいるのが、今は絶望的に感ぜられてならなかった。
「……まあ、そう悲観的になるなよ。おまえが暗い顔してるとコータにも伝わるから」
そう言うとリクウはスキャナの扉を開けた。
まだ何も知らないコータ少年が、眼を白黒させてふらつきながら出てきたので、ヒナトは慌てて彼を支える。
慣れないうちはスキャンを受けるのも一仕事だ。
もうオフィスに戻っていいと言われ、コータは不安げにリクウを見た。
リクウは少年の無造作に跳ねた髪をくしゃりと撫ぜながら、今度は優しい笑顔で、諭すように言った。
「フーシャは今寝てる。午後の休憩時間にまた来て、起こしてやってくれ」
「……、わかった」
コータは頷き、決意するようにヒナトの手を強く握る。
その力強さにメイカの言葉を思い出した。
フーシャについて、小さくても女なのだと言っていたことを。
少年もまた、身体は小さくとも心はひとりの男なのだと、なんとなくヒナトは思った。
そしてヒナトと少年は手を繋いだまま、ひとまず医務部を後にしたのだった。
・・・・・*
実習生が倒れたという一報は、直接関係のない第三班にも届いていた。
もちろん情報を仕入れてきたのは耳早いことに定評のあるアツキである。
そんな彼女の関心は今、班長であるニノリに向けられている。
倒れたのはガーデンの子どもだったという話から、GH最年少のニノリは大丈夫なのか、という発想に至ったらしい。
明言は避けているが、そんなような気配が彼女の所作の端々から伝わってくる。
対するニノリは複雑そうだ。
子ども扱いされるのは当然ながら彼にとってはありがたくないので、腹を立てている。
その一方、アツキの気を引けること自体は悪い気がせず、むしろちょっと嬉しいと思ってしまう。
相反する感情を上手く処理できない末っ子班長くんは今、それゆえパンクしそうになっている。
「べつに俺はなんともないから……」
「ならいいんだけど。ねえニノりん、なんかあったら、すぐうちに言ってねえ?」
「わかってるよっ」
そんなふたりのやりとりをやや遠巻きに眺めているエイワは、ひとり違うことを考えていた。
ずっと気になっていることがある。
他でもない、第一班班長にして親友であるソーヤについてだ。
ようやく再会できたあの日からずっと、自分に対する態度がどうもおかしいように思えてならなかった。
というか、隠しごとをしているらしい。それについてはもう確信している。
なぜならソーヤは嘘を吐くとき瞬きしながら床を見る癖があるのだが、あれ以来もう会うたびに何かにつけてその奇癖を披露してくるのだ。
十年以上親友をやっていてそれくらい見抜けないエイワではない。
というかまあ、あそこまで挙動不審ならエイワでなくともわかるような気がするが。
問い詰めようかとも思ったが、エイワもGHに来てまだ不慣れなことが多いので、まだそちらに気力を割いている余裕がなかった。
覚えることが多いし、あとニノリの扱いかたにも早く慣れなければいけない。
それにソーヤには、どこか遠慮しているような気配があるのだ。
彼の性格からしてもエイワに対して無意味に嘘を重ねることは考えにくい。
何かそれなりの理由があるには違いないし、本人が白状する気になるまでは待ってやってもいいか、というのがエイワの考えだった。
だが、ここへきて新たな不安要素が耳に入った。実習生の不調問題だ。
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