data_066:まだXXXは芽吹かない?
「しかも描くのはフーシャだけ。他の小さい子たちにせがまれても無視して泣かせるもんだから、私はそっちのフォローで大変よ」
メイカは笑って言うけれど、想像したらちょっと怖い光景かもしれない。
泣き喚く幼いソアたちに囲まれながら、それらを放って無心に絵を描き続けるコータと、彼の視線を一身に浴びているフーシャの図だ。
しかもそれが毎日繰り広げられていたというのがまた。
やっぱりソアって変な人が多いよなあと、氷嚢から滴ってきた水をタオルで拭きながらヒナトは溜息をついた。
そしていくら見た目が小さかろうとソアはソア。
コータもフーシャも、すでに変人集団の一員に変わりないのだ。
ああ、そう考えるとヒナトって案外まともな──
「……そういうあなたはどう? 誰か気になる子がいたりするのかな?」
「んぶッ」
用意のできた飲みものをお盆に載せながら、ふいにメイカがそんなことを尋ねてきた。
すっかり油断していたヒナトはうっかり自分の唾でむせ、変な声を出してしまうという恥ずかしい事態になってしまう。
咳込みながら顔を上げると、いたずらっぽい笑みを浮かべたお姉さんと眼が合った。
わざとだ。
絶対わざとだ。
さっきヒナトが妄想のせいで顔を真っ赤にしてたのを、メイカもばっちり見ていたに違いない。
「い、いまッせ、ん……ぇふッ!」
「あらあら、そんなに動揺しなくてもいいのに。他の人に言ったりしないから大丈夫よ?」
「ほんとにっ、いません、から……! っへふ、ごっほ、おふッ」
「だいぶ苦しそうだけどお水飲む?」
「ください……ッ」
うう、喉が痛い。ゆっくりと水を流し込み、沈静化するのを待つ。
メイカは優しく背中をさすってくれて、それはちょっと気持ちが良かったのだけれど、そもそもこうなった原因を作ったのは彼女である。
優しそうなお姉さんだと思って油断したらこのざまだ。もう何も信じられない。
ていうかこの感じも知ってるな、とヒナトはちょっと思った。
いつかのお出かけのとき、ユウラとのことでサイネをからかっていたアツキと、さっきのメイカが浮かべていた笑顔が似ている。
カエルの子はカエル。大人になってもソアはソア。
メイカも落ち着いているように見えて、やはりお騒がせ偏屈ゆるふわ集団の一員に違いないのだ。
もう、ほんとここにいると、ヒナトってすごくまともなんじゃないかと自分でも思ってしまう。
そんなこんなでようやく落ち着いたころ、気付けばおでこの痛みもすっかりどこかに消え失せていたので、ヒナトはそろそろオフィスに戻ることにした。
「それじゃああと五日、あの子たちをお願いね。
もし何かようすが変だったらすぐ連絡してちょうだい。環境が変わると体調を崩しやすいから」
「わかりました」
お盆を受け取りながらメイカを見る。残りのコーヒーを飲み終えてからガーデンに帰るという彼女はすまし顔だ。
その顔を見ていると、別に怒っているわけではないのだが、何かやり返してやりたい気持ちがむらむらとヒナトの内に揺らめいた。
やられっぱなしでは悔しい。
とはいえヒナトが彼女の周りについて知っていることなどほとんどない。
だからとりあえず、ひとつだけしか思いつかなかったので、それを投げてようすを見ることにした。
「あ、そういえばメイカさんって、リクウさんと同期なんですよね?」
どういう反応が返ってくるか予想したわけではない。
ただなんとなく訊いただけだ。ふたりがどんな関係だったかなんてヒナトは知らなかったのだから。
でも、だからまさか、こんな
「……その名前は出さないで」
メイカは冷たい声音でそう言って、それ以上何も答えなかった。
顔からは色が抜け落ちたように表情が消え失せ、彼女の中にあるのが怒りなのか悲しみなのか、それとも別の感情なのか、まったくわからなかった。
そのまま互いにしばらく沈黙したあとで、早くオフィスに戻るようメイカに促されたので、ヒナトはそそくさと給湯室を後にした。
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