data_065:自意識、意識、無意識④

 メイカは慣れたようすで冷凍庫から氷を、棚からビニール袋とタオルを取り出して、手早く氷嚢を作ってくれた。

 それをありがたく受け取ってヒナトは素直におでこを冷やす。

 このほうが痛みも和らぐような気がしたので。


 しかし片手ではお茶の準備ができない。

 やろうと思えばできるかもしれないが、絶対に何かが犠牲になってしまうという悲しい確信がヒナトにはある。

 何かって具体的にはカップとか茶葉とか。


 なのでひとまず痛みが引いたら冷やすのを中断しよう、と決めて、とりあえず椅子に座った。


 するとメイカが代わりにカップを取り出してテーブルに並べ始めたのだ。

 まさかと思っていると、誰が何を飲むの、と尋ねてきた。


「え、いいですよそんな」

「久しぶりにやらせてほしいんだけど、ダメかしら?」

「いえいえダメだなんて……むしろすっごくありがたいですっ!

 じゃ、じゃあお言葉に甘えて……ブラックコーヒーと、紅茶と、ココアと……うーんコータくんは何がいいんだろ……?」

「あらま。あなた毎回それ用意してたの? 全員ばらばら、大変だったわね」


 その言葉にヒナトは思わずくぅと涙ぐみたい気分になった。

 初めてヒナトの苦労を説明せずともわかってくれる人に出逢った気がする。ありがとうメイカさん。


 メイカはその後もてきぱきとした動きでお願いした飲みものを用意してくれている。

 この慣れっぷりは秘書経験者のそれだ。

 きっと優秀だったんだろうなあと、その小さくも頼もしい背中を見つめながらヒナトは思った。


 そして、はたと思い至る。


 前にサイネたちとアマランス疾患の話をしたときなどに耳にしたあれこれを。

 これまで花園で造られたソアたちのほとんどは死んでしまい、今のGHメンバーよりも上の世代は、リクウとその片割れだけだという話だったはずだ。


 ということはつまり、メイカの同期もリクウしか残っていないということだろう。


 メイカは給湯室にいた理由を、懐かしくなったと言っていたけれど……ここで彼女が思い出せるのは、そのほとんどが亡くなった友人たちの記憶ではないか。

 コーヒーの粉を混ぜながら、メイカはいったいどんな気持ちでいるのだろう。


「さてと。コータは大人ぶりたい子だから、カフェオレにしてあげようかな」


 ヒナトの思案とは裏腹に、楽しそうなメイカの声がする。


「そういえば、さっきのあれ、驚いたでしょ?」

「あれ、って」

「コータとフーシャの喧嘩。ガーデンでもしょっちゅうやってたんだけど、実習先でも揉めるとはねえ。

 しかも毎回ほとんど同じ内容で、本人たちはよく飽きないと思うわ、ほんと」

「えっ……てことはコータくんの絵が原因であんな喧嘩を何度もしてるんですか?」

「そう。それだけ仲良しなんだけど、巻き込まれる周りはたまんないわよね」


 ううん、そんなような愚痴、前にも聞いたような気がしなくもない。GHで。

 主に二班の班長と副官についてとか、そのあたりで。


 あっちはあっちで喧嘩の方向性がさらに理解不能だけども、究極的には仲裁の必要がないからある意味完成形なのかもしれない。

 コータとフーシャも将来そうなるんだろうか。

 いや、ならない気がする。とりあえずフーシャとサイネでは性格が違いすぎる。


 そういえばフーシャについて、ヒナトはちょっともやっとしていることがあるのだった。

 といっても悪い感情はまったくなくて、単に驚いてしまったのだけなのだが。


「フーシャちゃんって、見た目とか口調とか、ちょっと幼い感じだなって思ってたんです。でも鼻の形が気にいらないとかって……ちょっとこう、意外な悩みというか……」


 ヒナトは上手く言えずにもにゃもにゃっとした言葉になってしまったが、メイカは頷いた。


「小さくても女ってことよ。

 それにあの子はずっとコータに絵のモデルにされてたからね。他の子に比べて、自分の顔立ちや印象なんかを強く気にするようになっちゃったのも、無理もないと思う」

「コータくん、絵めちゃくちゃ上手ですもんね。やっぱりたくさん描いてたんですか?」

「毎日ね」



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