data_064:自意識、意識、無意識③

 思わず硬直するヒナトは視線だけをぎぎぎと男子たちに向ける。

 掃除道具の場所をコータに教えているワタリ、はまったく問題ないのだが、その手前で訝しげにこちらを見ているソーヤがよろしくない。ヒナトの精神衛生上まずい。


 だってついさっきまでこの顔相手にあんな妄想をしていただなんて口が裂けても言えるはずがない。


 逃げなければ、とヒナトの本能が叫ぶ。

 なんなら前にも業務中にふけった妄想について泣きながら白状するまでねちっこく聞き出されたことがあったからだ。

 眼をつけられたら絶対に喋らされてしまう。


 そうなったら恥ずかしすぎて死ぬ。まだ死にたくない。そんな死因も嫌だ。


「……お茶淹れてきますね!!!」


 ヒナトは全力で秘書のスキルカード『朝のお茶汲み』を切る。

 そしてソーヤの回答を待つことなく、オフィスを飛び出したのだった。



 ・・・・・+



 まだ顔が熱いような気がして、ヒナトは顔をぶるぶる振りながら給湯室のドアを開けた。

 そして見事、ドア枠の角へと自ら額を強かに打ちつける、というあんまりな自虐芸を開発してしまったのだった。


「いったぁ~……」


 なんでこんな無駄に痛い思いをしているのだろう。いやヒナトが挙動不審だったからだが。


 じんじんびりびりするおでこをさすりながら、誰も見てなくてよかった……と思ったのも束の間、どこかからくすくすと押し殺すような笑い声が聞こえてきた。

 え、と顔を上げると給湯室の奥に人影がある。

 ……いつの間に? ドアを開けたときはまったく気づかなかったが、初めからそこにいたのだろうか。


 茶系をベースとしているGHの制服ではなく、タイトなパンツルックに長い白衣を纏った、小柄な女の人だ。

 さっきオフィスにも顔を出した、あのメイカと呼ばれていた女性だった。


「大丈夫? けっこういい音したけど」

「だ……だいじょ、ぶです……えっと、メイカさんでしたっけ」

「ええ。あなたはGH一班の秘書さんね。えー……っと、ヒナトちゃんか。改めまして、初めまして」


 メイカは白衣のポケットから小さな手帳を出して、それを見てこちらの名前を確認したようだった。

 向こうもヒナトのことをもともと知らなかったらしい。

 そういうこともあるんだろうか。ヒナトはこれまでの経験上、ラボの職員は直接面識がなくともデータを通してこちらのことを勝手に知っているものだとばかり思っていたのだが。


 とりあえず差し出された手に応えつつ、こちらも挨拶をする。

 それにしてもなぜメイカはこんなところに。


 ちょうどその瞬間、ヒナトが浮かべた疑問に答えるように、ふわりとコーヒーの香りが漂ってきた。

 見ればすぐ傍のテーブルにまだ湯気も豊かなカップがひとつ置かれている。

 ヒナトがそれを見たのに気付き、メイカは微笑む。


「久しぶりにこっちに来たから、ちょっと懐かしくなって。私も昔ここで毎日お茶を淹れてたから」

「……え、ってことはメイカさん、ソアなんですか?」

「この恰好じゃあ言わないとわからないわよね」


 メイカは白衣の裾を指先でつまみ上げながら言った。

 その仕草のせいか、のっぺりとして愛嬌などまるでない白衣が、一瞬ワンピースかロングスカートのように見えたのが不思議だった。

 それになぜだろう、彼女の動きから目が離せない。


 なんていうのか、他のソアの女の子たちとは雰囲気が違うのだ。


 ラボの職員ではあまり女性を見ないし、いても他の男性と混じって違和感がない程度には女っ気がないような人が多数だが、メイカはなんだか全身が「女性」という物質でできている、という感じがする。

 上手く言えないのだがとにかく、とても魅力的であるのは確かだ。


 ヒナトは一生懸命考えて、これが大人の色気ってやつなのだろうか、なんて考えていた。

 思わず確認してしまうのは彼女の胸部である。

 白衣の下はシンプルな黒無地のカットソーのようだが、その控えめさが布地を押し上げる膨らみを上品に見せつつも、それなりの質量と体積をお持ちのようだった。


 ぶしつけなほど胸元を注視するヒナトに、メイカがふいに手を伸ばしてきた。

 ひんやりとした指先が、まだ熱っぽい額にそっと触れる。


「……あら、たんこぶできちゃったわね。冷やしたほうがいいわ」



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