data_063:自意識、意識、無意識②

「もう機嫌直してよ。これは描き直すから」

「でも、コーちゃ、これ、いっつも、捨て……捨てて、くれなッ……」

「だってこれはこれで気に入ってるし」

「……やだぁぁ……こんな、かわいくないの、持っててほしく、ないぃ……ッ」

「あーまたそう言う……! 僕はこれがいいんだよ! そのまんまのフーちゃんがいちばんかわいい!」


 いや、やっぱり話が余計こじれそうだった。


 というか喧嘩の内容が迷走を始めている。

 聞いているこちらが恥ずかしい。


 何これ?

 ヒナトは何を聞かされているの?

 そしてこの痴話喧嘩はいつまで続くの?


 もはや仲裁を諦め始めたヒナトだったが、許してほしい。

 この状況で第三者がどういう言葉をかければ事態が収拾するのかまったくわからないし思いつかないのだ。

 もうこうなったら収まるまでふたりを別室で隔離するしかないんじゃなかろうか。


 それにしても、とヒナトはまだまだ揉めつづける子どもたちを見て思った。


 あんなに臆面もなく相手を褒めるコータもそうだが、それを聞いて良くも悪くも動じていないフーシャも、こんなやりとりに慣れてしまっているようなのだ。

 大変そうだが、なんだか羨ましいと思ってしまうのは変だろうか。


 そのままのきみがいちばんかわいい、なんて台詞を、果たしてヒナトの人生で聞く日があるとは思えないのだ。

 むしろ褒めてもらえることすら稀だというのに。

 いつもいつも、ヒナトの鼓膜を打つのは彼の口さがないお小言ばかり……。


 ……。なんでそこでソーヤが出てくるのだろう。


 ヒナトは小首を傾げた。

 秘書としてではなく一個人のソアとして褒められるのなら、別に相手はソーヤに限らなくてもいいのではないか。


 基本的に花園ではソア同士の恋愛を認めてくれそうな雰囲気にはないけれど──そして許さないと明言されてもいないが──ヒナトだって、いつか誰か素敵な人となんかそういうアレをソレしてみたい的な願望がまったくないでもないというかあの、その。

 えっと、その、だから……う、うわぁぁぁぁ……!


 なんだか急に恥ずかしさが込み上げてきて、ヒナトは悶絶した。

 なぜなら今、ヒナトがぼんやり妄想してみた甘ったるい幻想のお相手の顔はモザイクがかかっていたものの、さらさらの黒髪と深紅の眼がばっちり搭載されていたからなのだ。


 そんな外見のソア、他に知らない。どう考えても第一班班長の俺様誰様ソーヤ様その人ではないか。

 つまりヒナトはソーヤになんかこう甘い台詞を吐いてもらいたい願望でもあるっていうのか。


 いやいやそんなはずはない。希望はもっと優しくて紳士的な人が……でもソーヤもたまには優しいこともなくはないし……。

 背も高すぎないからちょうどいいかも……?

 でもってこう、肩なんか抱かれちゃったりして……それで……。


「──あらあら、またやってるわね」

「ひぇいッ!?」


 すっかり妄想に浸かっていたヒナトの脳は、聞きなれない女性の声によって急に現実の冷や水を浴びせられた。

 思わず珍妙な悲鳴を上げてしまい、びっくりしすぎて半泣きになりながらふり返ると、扉のところに何人もの人影があるのでさらに驚く。


 不思議そうな顔をしたソーヤとワタリ、そして、知らない女の人。

 白衣を着ているからラボの職員だろうか。けれどヒナトには見覚えのない顔だ。


「……メイカちゃん! フーちゃん、メイカちゃんだよ」

「あ、お姉ちゃん……」

「さ、もう始業時間だからフーシャちゃんは二班の部屋にいきましょうか。サイネちゃんたちが待ってるわよ」


 メイカと呼ばれた女性は手早く少年少女を引きはがし、少女をオフィスから連れていく。

 ふたりもそれに一切抗うようすもなく、なんなら直前までの喧嘩のことも忘れてしまったように、またね、と朗らかに手を振り合ってさえいた。


 強い、とヒナトは唸る。両者を扱い慣れているのだと一目でわかる。


 このようすからしても、おそらくメイカはガーデンのほうに常駐している職員なのだろう。それならヒナトが知らなかったのも納得がいく。

 コータたちを引き受けたときは、別の職員がオフィスまで連れてきてくれた。


 ともかくこれで無事に仕事が始められそうでやれやれである。

 事前掃除はしそびれてしまったが、まあ仕方あるまい。


 ヒナトがほっと胸を撫で下ろしたところで、しかし問題がまだ残っていた、というか新たな事案が発生していた。

 というのも次に口を開いたのはソーヤだったからだ。

 しかもその内容が。


「……ヒナ、そういやおまえ何やってたんだ? つーか顔すげー赤いな」


 ぎっくん。



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