data_061:地面の下の話Ⅲ‐地下茎‐
「アツキからの報告なんだけど」
定位置、つまりユウラの膝の上でくつろぎながらサイネが口を開いた。
もちろんくつろいでいるというのはユウラの主観にすぎず、サイネ自身は絶対にそうとは認めないであろうから、ユウラもわざわざ確かめたりはしない。
というか、ユウラとしては小柄な彼女をこの腕の中にすっぽり収めていられればそれでいいのだ。
匂いと体温を感じながら、なめらかでしっとりとした肌の質感を味わえれば充分に至福なユウラにとっては、正直なところサイネほど花園の暗部に対する興味もない。
けれど彼女の考察に付き合うことがこうして触れるのと引き換えになっているので、従者は諾々と従うのである。
「植木鉢の調査だな」
「そうそれ。数は二十四台で、リクウ論でいう閾値に合わせてある。それはまあいいとしてて、ひとつ妙なことを言ってた。
全台が稼働中状態だった、ってね」
「……今休眠中のソアは四人だな……中身のない植木鉢も一律稼働してるのか?
「そういうこと。意味ありげでしょ」
システム周りの調査はおおむねユウラが担当してきた。
花園の電気系統も把握しているし、植木鉢がどういったシステムで管理されているかも理解している。
植木鉢はソア一人につき一台割り当てられているが、休眠期間以外は用がない。
そして休眠室の電源は独立しているし、植木鉢は一台ごとに管理されているのだから、使っていない台は電源すら入れる必要がないはずだ。
本来なら、稼働中であるのは中で誰かが眠っている間だけ。
アツキの報告どおりなら、それこそ異常か、あるいは大幅な電気の無駄遣いといったところだ。
無意味にそんなことをしているとは考えづらい。
……しかしそうは言っても。
「植木鉢がクローンの隠し場所になると思うか?」
「それなんだよね……なくはない、とはいえ、一人は完全に起きてるわけだから、最低でも一台は稼働停止してなきゃおかしいでしょ。それに閾値の問題は完全に無視されるわけじゃない」
「ああ。……それに前から計算が合わないとは思っていた。
ラボに二人、GHは俺たち九人、休眠中が四人、ガーデンに九人。少なくとも登録上ソアは二十四人いるのに、このうえクローンを造るリソースはどこから割くんだ? 現に植木鉢が足りない」
「だけどクローンは確実にいる。アツキが調査中にヒナトの偽者を目撃してる」
「……そもそも何のために造られた?」
「それを言うと、そもそもソアってもの自体、誰が何のために研究してんのか謎。案外そこに答えがあるかもね」
だから調べる。サイネはずっと、それを解き明かすためにあれこれ調べ回っている。
自分たちがなぜ造られたのか、そのための資金をどこから集めているのか──花園研究所の存在はどうやら世間とやらには秘匿されているが、その理由もまた不明なのだ。
わからないことが多すぎて、サイネにはそれが耐えられないらしい。
たぶん他のソアは彼女ほどそんなことを気にしてはいない。みんなもっと別の何かに、誰かに熱中しているからだ。
ユウラがサイネなしに生きていけないように、他の誰もが。
だからたまに思う。もし花園のすべてを解明したら、そのときサイネはどうするだろう。
満足したら死んでしまうのではないか。
ユウラを置いて外に出て行ってしまうのではないか。
もっとも後者なら、ユウラは何があろうと何を言われようとどれだけ拒絶されようと縋りついてでもサイネについていくしかないのだけれど──。
「ところで、ユウラ」
ふいにサイネが上を向いた。見下ろしていた恰好のユウラと、目が合った。
この世の何より尊い黄金の瞳がユウラをまっすぐ見上げていて、それだけでユウラの心は歓喜の悲鳴を上げる。
ユウラは普段、世界に色を感じない。温度も、味も、匂いも、痛みや悲しみもない。
彩りや刺激はすべてサイネが発している。
それを享受することがユウラにとっての生だ。苦痛も情動も欲望もすべて、彼女を通してしか得られない。
「……聞いてる?」
「聞いてる。なんだ」
「いや大したことじゃないんだけど。……私のクローンがいたら、どうする?」
「……対処に困るな」
「何それ」
どこか不満げな女王のくちびるをそっと食んで、ユウラはもう一度言う。
「サイネがふたりいたら俺の脳が処理しきれない。だから困る……」
たったひとりに対して津波のような情と欲を持て余しているというのに、このうえもうひとりだなんて耐えられる気がしない。
今だってかなり限界に近いところで何とか保っている均衡だ。
条件を変えたりしたら、先にユウラが壊れるか、そうでなくともサイネを壊してしまうかの二択しかないだろう。
それは困る。
同じことは逆にも言える。ユウラがもうひとりいるとしたら、そいつを殺さないかぎりユウラに安寧はない。
考えたくもない。
そんな想いが、少しはこの鉄仮面のようにこわばった顔にも出ていたのだろうか。
サイネが何か憐れむような表情をして、ごめん、と小さな声で言った。
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