data_060:ヒナトとタニラの共通認識
給湯室には先客がいた。
ヒナトのライバルにして同志(?)であるタニラと、見慣れない小さな女の子だ。
淡いグリーンのブラウスに深緑色のスカート姿ということは、この子が二班の受け持ったガーデンからの実習生だろうか。
コータ少年の服装も同じ色合わせで、彼は短パンを着ている。
彼より歳下のように思えなくもなかったが、体格や顔立ちの問題かもしれない。
女の子はヒナトを見て、ちょっと驚いたようにタニラの背後に隠れた。
そんなに恐ろしげな外見をしているつもりはないので、たぶんちょっと人見知りが激しい子なんだろう、そうに違いない。
ヒナトはできるだけにこやかな笑顔を作ってふたりに声をかける。
「お疲れさまでーす」
「あ、お疲れさま……あら。あなたひとり?」
「うちの実習生はなぜかソーヤさんが受け持ってしまいまして」
あっ、しまった、これ怒られるやつじゃないかな。と口に出してから気付いたヒナトだったが、タニラは小さく溜息をついただけだった。
……それはそれでなんか悲しいのはなぜなんだろうか。
ともかくヒナトはふたりに近寄って、一応女の子に握手を求めてみる。
「初めまして。第一班秘書のヒナトだよ」
「……えと……フーシャ、です……」
おずおずといった感じでフーシャが手を握り返してくれた。うむ、満足である。
でもって地味に語尾、ちゃんと敬語になっている。
二班もそういうところはきっちりしているようだが、そちらはタニラが教えたのだろうか。
サイネやユウラが子どもの相手をしているところがあまり想像できない。
ヒナトがあくまで愛想百パーセントの笑みを崩さないのを見て、つられたようにフーシャもこわばっていた表情を崩した。
ぽやんとした雰囲気がなかなか愛らしい子だ。
容姿が整っているし、あと髪や眼も薄めの色なので、こうしてタニラと並んでいるといい感じに姉妹っぽく見えるのがなんだか羨ましい。
ヒナトの場合、知っているソアで色味が似ているのが某ニノリくらいしかいないのだ。
嫌ってわけではないがべつに嬉しくはない。
しかしタニラは先ほどからてきぱきとコーヒーの準備をしていて、フーシャに構うようすはなかった。
仕事中だからまあ仕方なくはあるが、フーシャがどうも所在なさげにもじもじしているようだったので、少し気になって聞いてみる。
「フーシャちゃんにもお茶汲み教えるんですか?」
「まさか。……サイネちゃんに連れてけって言われたからよ、目線で」
「目線で……」
二班はそういう指示の出し方もあるのか。鈍感なヒナトには対応不可ですね。
ともかくそこで会話が終わってしまい、どうしようかとフーシャのほうを見ると、なんと彼女のほうからヒナトのジャケットの裾をくいくいと軽く引いてきた。
外見だけでなく仕草にもちょっと幼いところがある子だ。
「あの、……お姉さん、一班の人……です、よね。コーちゃん……コータくん、どう、してますか」
恥ずかしそうにちっちゃな声でそう尋ねて、フーシャはふいと眼を逸らした。
顔がじんわり赤いのがまた可愛らしい。
それにそうか、コータとは同じ歳で一緒にガーデンから出てきたのだった、と今さら思い至ったヒナトだった。
どうしているのか気になるなんて、けっこう仲がいいのだろうか。
しかも一瞬、愛称らしい呼びかたをしていたし。
「コータくんは元気にしてますよー。もう、うちの班長のお気に入りというか」
「……そっか……」
「そういえばソーヤくんが面倒見てるって言ってたわね。……どんな感じ?」
「え」
急にタニラが割り込んできたのでヒナトはちょっと面食らったが、彼女の真剣そのものな表情を見てさらに言葉に詰まった。
わかったからだ。これは暗に、ソーヤの体調なども含めてどのような具合か尋ねているのだと。
「えっと……なんか朝からずっと張り切ってて……すごく楽しそうでしたよ」
「そう。そっか。……面倒見いいのよね」
「あ、はい、そんな感じです。それでコータくんの飲み込みが早いんですっかり喜んじゃって……。
そうだ、フーシャちゃんはあれやった? 暗号化されたやつを解読式とか見てこう……」
「もう式見なくても読めるわよね」
「うん」
屈託なく頷く少女に精神的アッパーを喰らったヒナトは静かにのけぞった。
うっ……誰も彼も……簡単にヒナトを超えていく……!
こうなると逆になぜヒナトだけあれが読めないのか、のほうがよほど謎だ。
謎というか異常だ。
ラボの人がヒナトの胚だけ手抜きしたんじゃなかろうか。
それならそうで早めに公表してほしい、いやそんなの悲しすぎるけど、いやでもみんなと違うんならもうそれで諦めがつくかもしれないし。
……つくんだろうか。
内心涙ちょちょ切れるヒナトだったが、フーシャが不思議そうな顔でこちらを見ているのに気がつき、慌てて背筋を伸ばした。
ガーデンからのおちびさんにくらいはちょっぴりでいいから見栄を張りたい。
一方そんなこちらのことなど眼中に入れずに作業を進めていたタニラが、ティーポットにお湯を注ぎながら独りごちるような声音で言った。
「面倒見がいいのって昔からなのよね……そういうとこ、やっぱり好きだなあ……」
言ってから、ヒナトとフーシャが見ていることに気付き、美人秘書はちょっと顔を赤らめた。
ソーヤくんには秘密にしてね、なんて照れくさそうに囁く姿もまた非の打ち所がない。
頷きながら、ヒナトは心の中でも深く首肯した。
昔から、というのは知らないけれど──ソーヤの面倒見のよさはヒナトもさんざん世話になっているからよくわかる。
どれだけヒナトが頼りなくても、彼は今日までずっとヒナトに向き合ってくれてきた。
そしてだから、ヒナトも、彼のそういうところを尊敬している。
ソーヤがそういう人だから、秘書としてずっとついていきたいと思えるのだと。
→
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます