data_054:調査官アツキ、出動

 アツキの脳はこういうときフル回転する。

 もっと別のときに回せ、とたまにサイネに怒られるが。


 花園、それもソアたちの人間関係なら概ね把握していると自負するアツキは、手持ちのカードでもっともエイワに効くものを切った。


 彼とタニラとソーヤが仲良しトリオだったことならアツキでなくとも知っているが、エイワがタニラに向けている感情が友情に収まっていないことは誰しもが知っているわけではない。

 そしてトリオ時代、ソーヤが万事を仕切っていた。エイワはところどころで彼に遠慮していた。

 タニラにしてもソーヤが好きでくっついていたので、その親友だからエイワとも親しくしていただけなのだ。


 つまりエイワは喉から手が出るほど、ソーヤ抜きでタニラと過ごす時間を欲しているはずである。


「……そ、そっか。じゃあアツキが来るまではタニラに教えてもらおうかな……」

「ん、そうしてもらって。タニちゃんもサイちゃんに鍛えられてるから淹れるの上手だよ~」


 案の定エイワはちょっと照れくさそうに頷いてくれたので、アツキはこれ幸いと彼を残してエレベーターホールへ向かう。


 そして横目に彼が給湯室に入ったのを確認してから呼び出しボタンを押すが、アツキが選んだのはGHオフィス用の資材倉庫がある二階──つまり下へ向けた矢印ではなく、上向きの矢印の描かれたほうだった。

 ここは三階で、一班オフィスのある四階から上はラボに属している。


 降りてきたかごに乗り込み、行先は八階を指定した。

 そして同時に七階のボタンも押した。

 どちらも流れるがごとく自然な動作で、ついでにうーんと伸びまでつけた。真上には監視カメラがある。


 やがてエレベーターはつつがなくアツキを七階へ運んだ。


「……わぁ。懐かしー……」


 扉が開き、目の前に広がった光景に向けて、アツキはそんな言葉を放つ。


 こればかりは演技ではなく本音だった。

 半透明のプラスチックの薄い壁に区切られて、ずらりと並んでいる箱型の装置には、かつてアツキ自身もその身を横たえていたのだ。


 そして『起き』て以来、一度もここを訪れてはいなかった。『眠り』以外では用がないからだ。


 七階はラボの第三階層であり、植木鉢プランターと呼ばれる休眠装置が面積の大半を占めているため、『休眠室』と呼ばれている。


 アツキはふらふらと吸い込まれるようにして薄暗い室内に入った。

 植木鉢の管理システムはラボにあるため、基本的には眠っているソア以外ここに常駐する者はいない。


 現在も何名かが永い眠りについている。


 アツキは植木鉢をひとつずつ調べ、その稼働状態をチェックしていった。

 数も数えろと言われていたからそれも忘れずに。


 そうして半分も調査が進まないうちに、アツキは怪訝な顔で立ち止まる。


「なんか、これって変じゃない……?」


 しかし疑問をメモにとり、すぐに気を取り直して調査を再開する。


 報告するときにサイネやユウラも同じことに気がつくはずだし、ここでアツキが悩んでも仕方がない。

 できるだけ多く情報を持ち帰ることのほうが今は重要だ。


 なぜなら調べられる時間はそう長くはない。

 サイネに付き合ってこんなことをもう何度かやっているから、なんとなくそれはわかる。


「──おい、ここで何してる?」


 ほらね。


 アツキは素早くメモを胸元に隠し、愛想のいい顔でふり返る。

 エレベーターの明かりが暗い休眠室を照らし、そこに人影があった。白衣姿のラボの職員だ。


 昼間だろうが無人の部屋だろうが、センサーがまったく作動していないわけではない。

 それこそ誰かがうっかり装置を止めてソアを中途覚醒させてしまったりしたらソーヤの二の舞だ。

 そういう事故を防ぐためにもセキュリティというものが存在している。


「あはは、エレベーターで行先押し間違えちゃったみたい。なんだか懐かしくなっちゃって~」

「……なんだ、アツキか。驚かせないでくれよ」

「ごめんなさーい」


 いたずらはしてないよお、と冗談めかして言うと、そりゃそうだろうね、と職員も苦笑いしていた。


 そんなことをするはずがないという信頼はすでに築いてある。

 別に調査のために狙ってそうしたわけではなく、アツキなりに正直に生きてきたらそういう評価をいただいただけだ。


 職員と一緒にエレベーターに乗り込み、八階へ向かう。


 しばらくしてチンという軽い音とともに扉が開き、ちょうどその目の前に、かご待ちをしていたらしい人影があった。

 そしてそれは意外なことに、ヒナトだった。



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