data_050:サラダとパスタとオムライス①

 あくる日のランチは進捗報告会と化していた。

 もちろんその内容はオフィスでの作業ではなく、アマランス疾患だのヒナトのそっくりさん事件だのといった、花園的にアングラで闇に閉ざされた部分の調査についてである。


 ヒナトからは何も新情報を提供できないのが心苦しかったが、そもそもサイネたちはヒナトにそこまで期待していなかったらしい。


 悪い意味ではなく、情報収集もそう簡単ではないしヒナトに任せてまだ日が浅いから、というような雰囲気だった。

 気が楽でありがたい。


 とはいえこの調子が今後も続いてはいけない。

 ヒナトとしては、自然な流れを装って職員さんたちと雑談する機会をもっと増やすべく、何らかの手を講じなければならないと感じた。


 問題はその何らかというやつがさっぱり思いつかないことなのだったが。


「適当にソーヤの具合がどうとか言って医務部に愚痴りに行けば? あんた愚痴は得意でしょ」

「と、得意じゃないもん」

「あはは……さすがにその言いかたはきついよサイちゃん」


 なにやら今日は女王様のご機嫌がよろしくないらしい。


 アツキに苦笑しながら窘められ、サイネは苛立ちを隠せないようすで水をあおる。

 ごくごくと飲んでから勢いよくトレーに戻し、ふーっと溜息めいたものを長々と吐き出したら少しは落ち着いたのか、サイネは怒られた猫みたいな顔になって「……ごめん」と謝ってきた。


「なんかお疲れだねえ。ユウラくんとなんかあったの?」

「……察したんならそれ以上聞かないでくれる? あとヒナトは聞きたそうな顔しないで。言いたくないから」

「わ、わかった……」


 気にならないこともない、そんなわけがないヒナトだったが、わざわざサイネの機嫌を悪化させてまで聞きたいとも思わなかったのでふるふると首を振った。


 さすがに命は惜しい。どうしても気になったらあとでアツキに聞けばいいし。


「あ、そだ。

 医務部の空きベッド調査はひと段落って感じだから、次は生活棟のほう調べようかと思うんだけど、どうかなあ? けっこう空き部屋あるし、ラボの宿舎階なんてほとんど入ったことないから……」

「ああそれ、もうユウラがざっとデータとってきたから大丈夫。それよりアッキーには植木鉢の調査を頼みたいんだけど」

「おーさすが仕事はやーい。でもなんで植木鉢? 何を調べたらいいのかな?」

「例のアマランス疾患の『リクウ論』がいろいろひっかかるから、問題点を洗い出そうと思って。

 項目はとりあえずは植木鉢全体の数と、稼働率かな……それだけならシステム覗けばいいんだけど、隣接してるラボとか休眠室そのものの雰囲気も見てほしい」

「わかった~」


 その単語にヒナトの耳がぴくりと動く。


 ソアだけがなる遺伝病、ソーヤやかつて花園にいた多くのソアたちを苦しめてきた諸悪の根源だ。

 サイネたちが真剣に調べてくれるのなら治療法も見つかるだろうか。


 いや、サイネたちだけに任せて結果だけ待つのはちょっとダメだ。

 大したことができなくても、なんでもいいからヒナトもその調査の手伝いがしたい。


 こちらの眼の色が変わったのに気付いたか、サイネが胡乱げな眼差しを寄越してきた。


「……あんたも仕事欲しいの?」

「うん!」

「ラボの聞き込みで成果が出たら考えてあげるから、まずはそっちをがんばりなさい」


 うう。やはり何か頼まれるには実績が必要ということなのか。


 しょげつつもヒナトはごはんを食べた。

 ちなみに今日はサラダ丼にした。健康的なチョイスではあったが、ほんとうは牛丼がよかったところを、あまり情報収集が進んでいないしという自責の念から控えたのだ。


 こうなったら今日の午後に本気を出してどーんと成果を挙げ、明日のお昼に心置きなくお肉がっつりなメニューを選べるようにしたい。

 サラダ丼も悪くない、というかふつうに美味しいのだが、この薄っぺらいハムではタレの染みた牛肉のゴージャスさに勝てないのだ。


 それこそサイネの言うようにソーヤをダシに使うくらいのことはしなきゃいけないのかもしれない。


 他にいい案も思いつかないし、そもそもヒナトの行動理由は彼のためなのだ。

 だから精神的に若干お手伝いいただいてもいいんじゃないかな、とか思ったり、しちゃあ、ダメだろうか……。


 ヒナトが悶々としながらドレッシングの染みたお米をもぐもぐしている間、サイネとアツキはまだあれこれと話し合っていた。


「……あら、もうこんな時間だ。急がなきゃ」


 ふと時計を見たアツキがスパゲティを大きめに巻き始める。


 お昼時間の終わりまではまだ余裕があるので、サイネとヒナトはともに首を傾げた。

 何か用事でもあるのだろうか。


「んとね、エイワくん迎えに行くことになってて。今日の午後からとりあえず来てくれるんだって」

「あ、そうなんだ」

「事実上の昇進報告ね。おめでとう」

「そうなの?」

「えへへーじつはそうなんですー。エイワくんが入ったら、うちは秘書から副官に繰り上げなの。

 まあ当分は兼業になっちゃうけどねえ」


 アツキは朗らかに言ったが、明らかにそれは大変なことだった。


 ふつうに考えてもふたつの立場を同時に担うのは楽ではないだろう。

 副官としてばりばり働きつつ、秘書として庶務雑務もこなさねばならないなんて、ヒナトは想像しただけで眩暈がしそうだ。


 しかも彼女の上官はあのニノリである。ただでさえ取り扱いの面倒そうなあの彼のオフィスで兼業とか大丈夫なのか。


 というか、ニノリがどうなるんだ。

 さすがにヒナトでもちょっと察せるまずさがそこにはあるのですが。



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