data_049:やどりぎの午後③

「で、その十一階とクローンヒナトの関係は?」

「正確なところはわからんが、そいつが隠れている可能性が出てきた。

 少なくとも生活棟の管理情報からは、空き部屋の不正利用らしい痕跡は見つからないし、ラボはそれ以上に活動状況がはっきりしてる。一応、フェイクの可能性も含めてだ」

「そう。……となると次の手は十階のガサ入れ? 他の十一階に入れそうな場所は……ガーデンはないとして」

「地下墓地くらいか。可能性は低いが」


 ユウラの使っていたモニタを借りて、花園の見取り図を眺めながらサイネは考える。


 生活棟の十階から十一階はそれぞれガーデンの領域で、上が寝泊まりさせる生活空間であり、下が運動や勉強などをさせる活動空間だ。


 『幻の十一階』があるとしたら、このガーデンの十一階がオフィス棟の十階に次いで近い場所にあるが、ここに二棟を繋ぐ連絡通路がないことは外観で証明されている。


 もちろんオフィス棟のエレベーターの行先指定は十階までしかない。

 プログラムで誤魔化せるタッチパネル式ではなく物理ボタンのうえ、隠されたボタンも見つからなかった。


 そしてユウラの言う地下墓地というのは、二つの建物のどちらにも跨っている、花園研究所そのものの地下に広がる空間のことである。

 公式には単に地下としか呼ばれないのだが、そこには死亡したソアの遺体が保管されているので墓地と俗称されるのだ。


 その地下墓地から十一階に直通のエレベーターなどがあれば、という話なのだが、それだと設置するのに大がかりな工事が必要になる。

 どこからも情報が漏れていない以上、存在する可能性は低いだろう。


 そもそも十一階が存在するのなら、それが封鎖されたのはいつなのか。

 現在の花園にはその痕跡が残されていないが、データだけでなく通路なども完全に隠したとすれば、それなりの時間と手間がかかっている。

 少なくとも十年以上は前になると考えられるだろう。


「……」


 こうしてサイネに抱き着いている変態じみた男ではあるが、ユウラのソアとしての頭脳と調査能力に関しては、サイネも疑ってはいない。


 その彼が調べうるデータから不可能を除外して出した結論が「回答は未知にあり」というなら、サイネはその未知を信じてもいいと思っている。

 それに今後新たな可能性や、あるいは今までの調査における抜けや漏れが見つかったのなら、ユウラは正直にサイネに報告するだろう。


 ユウラは絶対にサイネを裏切らないし失望させない。だから触ることを許している。


「ひと階まるっと捜索するならまとまった時間がいるし、タニラは巻き込みたくないんだけど……次の外出はもう予定入れてるしな……」

「俺はずらしてもいいぞ」

「ひとりじゃ効率悪いからダメ。んー……あ、午前業務って手があるか。前もっていっぱいさせてあげるから」

「……それは今夜とは別の機会なんだろうな。まとめては勘弁してくれ」

「私の負担も考えてくれない? ……って言いたいとこだけど、どのみち明日はもうフル業務なの決まってるから安心して。ていうかやっぱり夜も要るのね」

「よかった……最近は少なすぎるんだ、忙しいし邪魔も多いし、頭がおかしくなりそうだ」

「もうとっくにおかしいでしょ。……疲れすぎ」


 もっともそれは言い換えれば、サイネが働かせすぎたということだ。

 班長としてもパートナーとしても。

 だからサイネは責任をとらなければいけないし、求めに応じてやることも当然の義務だと理解している。


 べつに拒否したいとも思わないが。

 嫌だったら、初めからこんな関係には甘んじていない。


「……そうだ。ひとつ提案があるんだが」

「なに?」

「クローン問題の仮説組みに、改めて植木鉢周りをはっきりさせておきたい。

 あそこがきな臭いのは今に始まったことじゃないが……なんにしろシステムデータだけでは手落ちだ。わざとか知らんが枠組みが古いまま運用されてるからな」

「ああ。ならアツキに調べてもらいましょう、そういうの得意分野だろうし……。


 ところでそろそろタニラが戻ってくるから、あんたの個人休憩は終わり。離して」

「……今どこだ」

「もうエレベーターに乗った。ほら、カメラも戻すから」


 ユウラが名残惜しそうに拘束を解いたのと同時に、PCの画面に表示された監視カメラの映像の中で、タニラがエレベーターを降りたのが見えた。



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