data_048:やどりぎの午後②
要はニノリのプリンと同じ。
ソアの多くが他人や物質に依存していて、定期的に摂取しないと動作不良に陥る。
こちらは食品でないだけ用意の手間は省けるものの、あまりにみっともない光景になってしまうのが難点か。
それどころか日や状況によっては密着しているだけでは足らないこともある。
サイネとしても職員に見られたり映像に残されたくないため、監視カメラに介入したりフェイクの映像を用意するような小細工が必要になった。
思えば花園の内部情報に侵入するようになった最初のきっかけもこれだった気がする。
「そういえばエイワの件でバタバタして言うの忘れてたけど、ガーデンから実習依頼がきた」
「ああ、そんな時期か」
しかし思うに、ニノリがプリンを求めているのも結局は愛情の代用で、彼がほんとうに心から求めているのは違うものだろう。
「ふたりだけだって。三班は
「あとにする」
「そうね、どのみちタニラにも見せるし、彼女が戻ってからに──」
「……ボタン外していいか」
「二個まで。それ以上は今はダメ」
一応許可を与えながら、思ったより重症らしいとサイネは嘆息する。
シャツのボタンが丁寧に外され、あらわにされた首許に改めてユウラが顔を埋めたが、そのとき明らかに鎖骨のあたりで硬いものが当たる感触がした。
この行為を仮に補充と呼ぶとして、それにはいくつかの段階がある。
もっとも軽い補充はそれこそ手を繋ぐ程度で事足りる。
大事なのはユウラが素手でサイネの素肌に触れることで、補充量が重くなればなるほど触れる面積が広がっていき、比例して触覚以外の五感も使われるようになる。
歯が出てくるのはそれなりに重い。
昔それで痕が残るほど強く噛まれて、たしかアツキに気付かれる原因になった。
もっとも、そのときサイネもかなり怒ったものだから、さすがにそれ以降はユウラも痕跡を残すような補充方法は控えている。
「……あんたのほうは?
「入ったといえば入ったし、ないといえばないな……」
「なにそれ」
「かなり消された」
ユウラに頼んであったのは、ヒナトがクローンらしき別人と遭遇した事件についての調査だ。
彼女の製造過程やその目的がどういったものなのか、属するエリアはどこなのか、そしてラボ側の彼女に対する認識はどうなっているのか──それらをサイネは知りたかった。
もっと言えば、ヒナト以外にも同じような複製が存在するのかどうかを。
花園で製造された者なら、生まれてから今までの十数年に渡る生活の記録がどこかにあるはずだ。
もし外部の別施設だったとしても、それがどこにある如何なる施設なのか、彼女がいつこちらに移動したのかなど、調べることはある。
しかし手がかりになる情報がほとんどないため、調査のアプローチについてはユウラに一任していた。
あれから次の目撃例もなく、緊急度は高くないとサイネは判断していたが、ユウラのこの状態を見るに、やや指示が足りなかった部分があることを反省したい。
つまり、仕事中に限界がくるほど熱中しないように、と一言付け加えておくべきだった。
「一応、名目上は増えすぎたデータの整理と圧縮ということにされていたが……素材室もガーデンの発芽記録も直近十年分しか残っていない。
わざわざ建前があるのが胡散臭いな。俺たちが探ってくるのはもう前提になっているらしい」
「まあリクウあたりは知ってるでしょうね。自分も
「それといわゆる『幻の十一階』」
「懐かしい」
言いながらユウラの頭を今度は優しく撫でる。
サイネのしなやかな髪と比べ、彼のそれは柔らかくて繊細な指触りをしている。
幻の十一階というのは、かつてソアたちの中でまことしやかに囁かれていた噂のことだ。
花園研究所はラボとGHが入るオフィス棟と、ガーデンや宿舎を包括する生活棟のふたつの建物からなる。
オフィス棟は十階建て、生活棟は十一階建てになっているが、前者もほんとうは十一階まであって、それが何らかの理由で封鎖されているのではないか──と誰かが言い出した。
理由はいたって単純で、外から見たときにふたつの建物がほとんど同じ高さであるから、というものだった。
もちろんラボを抱えるオフィス棟は、研究のための大きな機械を収容するために生活棟よりも天井が高く造られている部屋がいくつもある。
それで一階分の差が縮まって視覚的には同じ階数に見えるだけだという反論は当然なされた。
それに五階層からなるラボに属するエリアの上には、用途が決まっておらず物置と化した十階がある。
空き部屋の上にもう一階あるのは不自然だという意見、また、仮に十一階があったとしてもそれが封鎖された理由が特定できないというので、いつしか幻の十一階言説は下火になった。
サイネとしてもずいぶん久しぶりに聞いたと思う。
盛り上がっていたのはGHに上がって最初のうちだけだから、もう二年は前になるか。
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