data_041:最後のソア
しかしガーデンとは思いつかなかった。まあサイネの行き先はたぶん違うだろうが。
他にも案外覗いてみると面白い場所があるかもしれない。
なんだか興味が出てきたので、他のソアにも空いた時間の過ごしかたをリサーチしてみようかと考えた。
やっぱり難しいことや悲しいことばかり考えてくよくよしているのは性に合わない。
また外にも遊びに行きたいし、今度はソーヤやワタリの起きた日を調べて何か日頃のお礼をしたい。
ふたりともびっくりするんじゃなかろうか。
想像するとなんだか楽しい。
給湯室の扉を開きながら、ヒナトとアツキの雑談はまだまだ続く。
「あ、でもそういえば昨日はガーデンじゃなくて医務部に行ったの。そこで聞いたんだけど……」
「……えっ、あ……アツキちゃんどこか悪いの!?」
そこでアツキから出てきた思わぬ単語に、一気にほのぼの気分が吹き飛んだヒナトは、慌ててアツキの両肩をがっちりと掴んだ。
アツキは驚いて目を白黒させている。だがヒナトは冷静ではいられない。
医務部。
この言葉を聞いた日は、大概ろくでもない事実に直面させられる。
もう身体が反射的に拒否してしまうのだ。
「ち、違うよお……ほら、例のそっくりヒナちゃん事件の、調査……」
「わあああんなんだそっちかああ」
「あーびっくりした、ふう。
ヒナちゃんも大変だよねえ、なんかここ最近、ほんと色んなことばっかり起きてるもんね」
ソーヤのことが心配で、正直そっくりさんのことなんか忘れかけていたが、そっちも問題なのだった。
あの子は今でもこのオフィス棟か生活棟のどこかに潜んで、ヒナトから秘書の立場を奪うタイミングを虎視眈々と狙っているのだ。
といっても、あれから彼女関連と思しき事件は何も起きていないのだが。
アツキは気を取り直してやかんの準備を始めたので、ヒナトもカップや茶葉類をいそいそとテーブルに並べ始める。
三班のぶんも出そうと思ったが、そういえばふたりは何を飲むんだっけ。
甘党の班長はまず間違いなくコーヒーじゃないだろうけども。
「あそこなら寝泊りするスペースもあるし、人ひとりくらい隠せるかなあと思ったけど、はずれだった。でも代わりに珍しい人に会ったんだ」
「珍しい人?」
「うん、ヒナちゃんも名前は聞いたことあるんじゃないかなあ。ある意味有名人だもん。
でね、ほんとはまだ秘密なんだけど、例によってサイちゃんたちはもう
「ええ……あ、でもタニラさんが知ってるならソーヤさんには伝わってるんじゃ?」
「ないと思う。
ねえ、ヒナちゃん、きっともうサイちゃんかタニちゃんから聞いてるよね。ソーくんが……記憶障害っていう話……」
ヒナトははっとしてアツキを見た。
いつも優しく笑んでいる彼女が、このときばかりは悲しそうに見えた。
少し遅れて湯気を噴出し始めたやかんの音が、どこか遠く聞こえる。
「あのときはみんな大変だったよ。タニちゃんはずっと泣いて泣いて……ユウラくんも、サイちゃんがまだ起きてなかったから、毎日ラボにようすを聞きに行ってた。
そりゃあショックだよねえ、あんなに仲良かったのに、起きたらなんにも覚えてないんだもん……」
「……」
「それでね、だからきっとまた、同じことになっちゃう」
「同じこと?」
「エイワくんがね──ああ、珍しい人ってエイワくんのことなんだけど──ガーデンにいたころはソーくんとすっごく仲良かったの。もう親友って感じでね。
もちろん彼は今でもソーくんのことをちゃんと覚えてるし、会うのをほんとに楽しみにしてるんだ。
……言えなかった。
ソーくんはぜんぶ忘れちゃってる、エイワくんのことも、タニちゃんのことも……うちやサイちゃんやユウラくんのこともわからなくなってた、なんて……」
エイワくん。
先日タニラの話に出てきた、もう四年近く眠っているという最後のソーヤ世代のソア。
その彼がついに目覚めたらしい。
だから近いうちにGHにも姿を見せるはずだ。
そして決まりどおり、恐らくは席の空いている第三班に配属されることになるだろう。
ソーヤともタニラとも違う班ではあるが、だからといって顔を合わせる機会がないわけではない。
親友だったなら尚更、復帰したらまず最初に会いにくるだろう。
そこでソーヤの現状を知ったら間違いなく大きなショックを受ける。
そして、彼が余分に二年近く眠っていた間に、他のソアたちはなんとかソーヤとの溝を埋めなおした。
もしかしたらまだどこかにぎこちない部分が残っているかもしれないが、少なくとも以前のみんなのようすを知らないヒナトからすれば、ソーヤは充分まわりと馴染んでいるように見える。
記憶障害などと言われるまでまったく気づかなかった程度には。
だからもしかするとエイワには、自分だけがソーヤから忘れ去られたように感じてしまうのではないか。
他のみんなとはふつうに会話するソーヤが、自分にだけは初対面のように接する、そんなふうに。
そんなのって、寂しすぎる。
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