data_040:良くも悪くも元どおり

 三日もしないうちに、あっという間に元に戻った。いろんなことが。


 ソーヤは何事もなかったようにオフィスに帰ってきて、最初こそヒナトの仕事の幅が広がったことを喜んでいたが、それはほんとうに最初の数時間だけだった。

 結局有能であったのはワタリが作成したソフトであって、ヒナト自身が成長したわけではなかったからである。


 むしろ慣れない業務が増えたヒナトはドジとミスをここぞとばかりに連発した。


 ついでになにやらソーヤがヒナトの仕事ぶりを判断する目が厳しくなったような気もする。

 ……気のせいだと思いたい。


 しかし前までなら苦笑いで済まされていたような些細なうっかりまで、このごろはくどくどと小言を放られている。

 未だかつてないほど活き活きと仕事をしていたはずのヒナトはもはやいない。


 いや、わかっちゃいるのだ。ヒナト自身。


 ソーヤが不在の間、何も失敗がなかったわけではない。

 いちいちワタリがそれらに苦言を呈したり、細かいことまで突っ込んでこなかったから目立たなかっただけ。

 そしてそれをヒナトとしても「まあいいか」とか「これくらいなら大丈夫かも」のような言葉で自分を誤魔化していた。


 要するに今現在のこの有様は、単に見ないふりをしていたボロが出てきただけなのである。


 ──はあ。

 どーしてあたしはこうなんだろ。


 ヒナトは重いものを飲み込みながら改めて自分のダメさ加減にがっかりしていた。


「……とりあえずこれは一旦置いて、茶淹れてこい」


 最後にそう言って、ソーヤは彼の席に戻った。


 その言葉には、ちょっと頭を冷やしてこい、あるいは息抜きをして気分を切り替えろという意味もあるのだろう。

 ヒナトがお茶汲みを逃避の手段にしていることくらい彼にも見抜かれているのだ。


 そしてそれを咎められたことはなかった。

 仕事上の失敗にしても、それ自体を叱られても「やるな」と取り上げるようなことはしない。


 ソーヤはそういう人なのだ。

 厳しいけれどヒナトを見捨てたりはしない。

 何度も繰り返される失敗を、そのたび呆れて叱りながら、それが膨大な時間をかけてほんの少しずつにでも改善されるのを、辛抱強く見守っている。


 それがわかるからヒナトも頑張れる。

 挫けそうになっても、どうにかまた立ち上がれる。



 ……立ち上がれるけど、でも少し、ちょっと休憩がほしい。

 それが人情ってものである。



 言われたとおり、ヒナトは素直に給湯室に向かって歩いていた。

 肩はがっくり溜息はつきっぱなし、落ち込んでいるのを少しも隠さずとぼとぼのろのろしていたので、ちょうど廊下に出てきたアツキには見事に心配された。

 アツキが言うにはまたソーヤが倒れたのかと思ったくらいの顔色の悪さだったらしい。


 とりあえず道すがらアツキに半べそで状況を報告した、というかほぼ愚痴と泣き言を漏らした。

 こういうとき親身になって話を聞いてくれる相手というのはありがたいものだ。


 ふと先日のタニラを思い出す。


 たぶん彼女にはぶちまける相手がいなかったのだろう。

 長年ずっと溜め込んできて、その反動だったから嫌っていたはずのヒナトにあんなにたくさん話してくれた。

 ついでになんか宣戦布告っぽいことも言われたけど。


 あ、そういえばその宣戦布告? のことをアツキとサイネには話していなかった。


「アツキちゃん、今日ってサイネちゃんと三人でお昼食べれるよね?」

「うん、うちは特に何か変わった予定はないし、サイちゃんも会議じゃなかったはずだよー。

 でも今の話はサイちゃんに話してもあんまり慰めてはくれないと思うなあ」

「あ、違うんだ。別件でちょっと相談が……」


 今ここで話してしまってもいいのだが、ソーヤの身体にも関わる話だ。

 アマランス疾患自体はそもそもサイネたちがいわゆる「探検」で拾ってきた情報だったようなことをタニラも言っていたし、今後ともぜひ情報収集をしてほしいので、改めてヒナトからも話したい。

 直接サイネに、ヒナトの言葉でだ。


 それにはやっぱり昼食の時間というのが所要時間としても環境的にもちょうどよいと思う。


 べつに午後、仕事を上がってからの自由時間でもいいのだが、なぜかそこでサイネに会えたためしがない。

 ついでにどこで何をしているのか聞いてみようかと思う。


 とはいっても基本的には、自室でおとなしくしているか、フィットネスルームで身体を動かすくらいしかないんじゃないかと思うのだが。


 ちなみにヒナトは後者である。

 頭を使ったあとは身体を動かさないとなんかもうダメなのだ、もし運動禁止とか言われたら部屋で暴れるかもしれない。


「そういえばアツキちゃんは仕事終わってからどこにいるの? 部屋?」

「日にもよるけど、ガーデンのほう覗いたりしてるよ。

 あ、ヒナちゃんもおいでよ、普段来ない人が来るとみんな喜ぶから」

「へー……それも楽しそうでいいかも。でもあたし、ちっちゃい子の相手は自信ないなあ」

「大丈夫だよぉ、だいたい絵本読んだりとか、そんなのだから。ちびちゃんに囲まれると癒されるよ~」


 さすがGHのお母さんと呼ばれる女に恥じない発言であった。


 その絵本を読むというくだりもヒナトには難しそうに聞こえるのだが、たしかにアツキは上手そうだ。

 元から喋るのがゆっくり気味だから聞き取りやすそうだし。



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