data_039:彼の目覚め
そのあとタニラにまともな紅茶の淹れかたを指導してもらい、ひとまずオフィスに戻った。
小一時間経っていたがワタリはまだまだ真剣に画面と睨みあっていて、ソーヤのように遅いとも言ってくれない。
それとも状況が状況だけに、ヒナトがまた給湯室でひと悶着起こしていたとでも思われたのだろうか。
今回に限ってはヒナトが原因ではなかったのだが。
しかしこの人はヒナトや周りの人間をよく見ているのか全然気にしていないのかどっちなんだ。
なんにせよ休んでもらわなくては困るので、どうぞと言って紅茶を差し出す。
今回は自信作ですよワタリさん。
「ありがと。……ヒナトちゃん、これ誰かに淹れかた教わった?」
「あ、わかります?」
「うん」
ワタリはそのあと何も感想らしい言葉を述べなかったけれど、トレーに戻されたカップは空になっていた。
… … … *
──深い海の底から引き上げられるような感覚だった。
もちろん実際にそんな経験をしたことはないのだが、なんとなく、起きぬけのぼんやりした頭でそう思っていた。
だんだん視界が明るくなっていくのを見ていたせいもあるだろう。
足許のあたりで、一定の間隔で緑色のランプが点滅している。
この機械に異常がなく、正常に稼動していることを示しているものだ。
だが、一方で身体はひどく重かった。起き上がるのを躊躇うほどに。
それも仕方のないことだろう。
どれくらい眠っていたのかはわからないが、その間ずっとここに閉じ込められていたのだ。
しばらくはリハビリしなければいけなさそうだった。
なんと言っても、彼女に情けない姿を見せるわけにはいかない。
あいつに笑われるのも癪だ。
ややあってラボの職員がやってくる。
体調について質問されながら、とにかく猛烈に喉が渇いていたので、渡された水筒の中身をあっという間に飲み干してしまった。
喉が潤ったら今度は空腹がきた。訴えたところ軽食を用意してもらえることになった。
身体の中が目まぐるしく動いている。
むろん寝ている間もそうだったはずだが、使っていなかった胃腸に関してはまだ寝惚けている気がしてならない。
こっちも要リハビリだろう。
問診が終わってから、職員の了解を得て、少し立ち上がってみた。
足が震える。変なところに力が入っているのか、機械の縁を掴まらないことにはまっすぐ立ってはいられない。
生まれたての小鹿かよ、と自分でも思いながら、それでも粘って立ち続けた。
早く歩けるようになりたかったからだ。
ずっとやっていたら次第に立つのには慣れてきた。
調子に乗って片足を僅かに上げてみたところ、あえなく転倒した。そういうわけで床で肘を打った。
これはなかなか痛かったが、すなわち自分が生きている。
生きて、……活きている、って感じがして、気分がいい。
彼らもそうなんだろうか。それとも、まだ眠っているのだろうか。
そういえば眠る前、できれば彼女より早く起きて、迎えにいきたいとかどうとか思っていた気がする。
実際これは相当先に起きていないと迎えにはいけないな。何せまともに歩けやしない。
あと、いつもそうだったけど、大抵あいつが先を越すのだ。だからなんとなく今回もそうなんじゃないかと思っている。
悔しいが一度も勝てたことがない。
いや、今後もずっとそれはあんまりなので、どうにか挽回していきたい所存だが。
しかし結局のところ先立つ思いはひとつ。
何よりもまず。
「……早く会いたい」
口に出してしまったところで、急に照れくさくなってしまった。
しかし偽りのない本音だ。
ただ、会いたかった。
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