アマランス疾患
data_037:地面の下の話Ⅱ‐芽‐(1)
タニラの話を聞きながら、医務室にいるソーヤのことを考えていた。
彼自身は自分の病気のことをどれくらい知っているのだろう。
もしかしたら研究所側からはあまり説明がなされていないのかもしれない。
それに……それにヒナトもよくわからないから、彼の秘書として有事に対処するべく、もっとアマランス疾患についての知識が必要だと思う。
しかしソア側に公表されてもいない問題について、どうやって調べればよいのだろうか。
サイネたちが調べてくれた、とタニラは言ったが、それは一体どんな手段を用いてのことなのだろう。
もしかして、いやもしかせずとも例のハッキング紛いのことだろうけれども。
ヒナトのそっくりさん問題についてもソア側に一切の情報が入らないから似たようなものだ。
なんだか最近、花園に対しての信用というか何かそういうものが、ヒナトとしても疑わしく思えてくる事件が立て続けに起きている気がする。
どうして花園はそういう重大なことをソアには教えてくれないのだろう。
しかもソーヤについては命に関わることなのに。
「タニラさん、このことは他に誰が知ってるんですか?」
「……サイネちゃんとユウラくんが、他の人たちにも話したかどうかは知らない。私はあなたが初めてよ」
「じゃあラボの人たちには、何かこう……相談したりとか……」
「できると思う? ルールを破って未公開エリアに侵入したことを認めることになるのよ。
まあ……ラボにも上の代のソアがいないわけじゃないし、私たちが知ってることを感づいているらしい人がいるのは確かだわ」
タニラはそこで深く息を吐いた。ラボに対してはあまり希望が持てない、というような顔をしていた。
「もちろんラボだって何もしてないわけじゃないでしょう。彼らにとって私たちは『研究成果』だもの。
それでも、ソアを製造し始めてもう何十年も経ってるのに、未だにアマランス疾患の確立された治療方法は見つかってないの。
そしてだからこそ、私たちは私たち自身を研究している……前にサイネちゃんがそう言ってた」
「え、ちょっ、ちょっと待って、どういう意味ですかそれ」
「ラボの人間はほとんどが"ふつうの人間"だからよ。ソアのほうがずっと脳の活動野が広い、だからラボの人よりも早く解決策を見出せるかもしれない、ってこと」
「あ、いやそっちじゃなくて、……何十年もやってるんですか、ここの研究所って」
「そうよ? 正確には今年で八十九年目だったと思うわ」
「その間ソアを作り続けてるのに、ラボには殆どいないって、なんか変じゃないですか? 外には出られないのに……」
他にどんな行き先があるというのだろう。
ヒナトはなんとなく、このままソアとしてオフィスで暮らしたあと、次の世代に押し出されてラボに進むのが当たり前の未来だと思っていた。
というか、それ以外の将来の可能性を他にひとつも知らなかった。
何せソアは花園で徹底した滅菌環境での暮らしを生まれながらに享受していて、外界では長く生きられないとされている。
当然外で他の一般人と混ざって生活することは不可能だ。
だが、九十年近くアマランス技術の研究をしているというなら、ここに何人のソアがいることになるだろう。
一年に一人でも年数分になるのに、毎年ざっと十人は造られている。
少なくともソーヤやタニラの代は、ふたりの他にまだ眠り続けているという「エイワくん」、サイネとユウラ、アツキの六人がいるのだ。
まさか。
ヒナトの脳裏にとても嫌な可能性が浮かんだ。
これ以上考えたくもないことだったが、目の前でまた涙を滲ませたタニラを見て、ヒナトは悟ってしまう。
その考えは正しかったのだと。
そして次のタニラの言葉が、哀しくもヒナトの発想を肯定してしまった。
「……みんな、死んじゃったんですって」
言葉が返せなかった。もうなんと言っていいのかわからなかった。
ただ呆然とタニラを見て、その白い手に握り締められたヒナトのハンカチを見て、息を吐くしかなかった。
少しだけラボの考えがわかったような気もした。
何百人というソアがアマランス疾患で死んでしまったというのなら、病気の存在そのものを伏せているのも、無理からぬことだと思ったからだ。
もし予めそれを知らされていたらどんな心地がしただろう。
あなたたちは早死にします。そういう病気の因子を先天的に持っています。
治療方法は自分で見つけてください。
……寒気がする。頭が痛くなる。
ソーヤという例が目の前にあるからこそ、ヒナトにとっては逆に、彼への心配が募るから、まだ今は他人事として捉えられている部分がある。
これはまず第一にソーヤの問題だ、と処理するヒナトがいる。
でももしそうではなかったら。
まだ誰も不調を訴えていない状況で、先に情報だけを渡されたら。
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