data_031:忘れたころにやってくる

 そっくりさん遭遇事件から、いつの間にか一週間経っていた。


 あれだけ警戒したにも関わらず、これといってヒナトの身辺を脅かすようなできごともなく、正直ヒナトは拍子抜けしている。

 もちろん平和に越したことはないが。


 困ったことがあるとすればソーヤとワタリの視線が痛くなってきたことくらいである。


 一応ふたりにもそっくりさんの話はしており、当初はそれなりに驚き心配してくれていたのだ。

 それがあれきり何の音沙汰もないものだから、やっぱりヒナトがどこか大袈裟に話していたんじゃないかとか、寝ぼけて夢でも見てたんじゃないか、という疑惑があるのだろう。

 ヒナト自身だんだんそんな気がしてきたから怖い。


 いや、もう、夢でしたでいいんじゃなかろうか。

 それともしばらくなりを潜めることでこちらの油断を招く作戦だろうか。


 だんだん考えるのが面倒くさくなってきて、ヒナトは視線をコンピュータから離した。

 仕事にも一旦きりをつけて、そろそろ飲みもののおかわりでも淹れてこようかなと、隣のソーヤのデスクを見る。


 どうもお茶汲みを集中が切れたときの言い訳にしている感のあるヒナトである。

 基本的にデスクに齧りつきっぱなしの班長や副官に比べ、秘書は好きなタイミングで席を立つ理由が作れるのは少しありがたいかもしれない。


 しかし、そもそもどうしてオフィスのソアを三種類に分けたのだろうと、ヒナトは今さら不思議に思った。


 なんとなく、会議に出るのは班長で、雑用を頼まれるのは秘書で、結果的に実際の作業量がいちばん多くなるのは副官だ、という違いはある。

 でも基本的にソアはみんな優秀だ。

 ヒナトのような破格のドジさは超常現象の部類に入る。


 わざわざ分ける必要はあるのだろうか。

 役割を持たせること自体が何らかのシミュレーションなのかもしれないが、それが何のための実験なのかはヒナトにはよくわからない。


 しかし、そんなことを呑気に考えている余裕は、次の瞬間なくなった。


 ソーヤのようすが変だ。額を押さえてじっとしている。


「……あ、あの、ソーヤさん?」


 恐る恐る声をかけてみるが、どうしても以前倒れたときのことが頭をよぎって、ヒナトの声を震わせてしまう。


 そうだ、あのときはっきり原因がわからずちゃんとした治療ができていないから、だから、また何か起きる可能性は充分にある。


 ヒナトの声にワタリも事態に気がついたようで、作業の手を止めソーヤのほうに向き直り、大丈夫かと尋ねる。


 ソーヤはそれにはすぐに答えなかった。

 痛みでも堪えるようにゆっくりと息を吐いてから、平気だと呟くように返すけれど、それさえ聞き取るのがやっとというほどの小さな声だった。


 何が平気だというのか、ヒナトは毅然として立ち上がる。


「ちゃんと医務に見てもらってください。あ、あたし、付き添います」

「……いいっての、ちっと頭痛ぇだけだよ」

「だめだよ。また前みたいに倒れでもしたら、班全体で連帯責任なんだからね。

 それとも……歩くのも億劫なくらい痛むのかな?」


 ワタリの言葉にはソーヤは言い返さない。


 図星なんだなと、ヒナトにもわかった。

 たぶん立ち上がるのもしんどいくらいなんだ。


 なおさら医務に行かなくては。

 また原因がわからなくても、せめて痛み止めくらいは処方してもらえるだろう。

 前になんの前触れもなく昏倒した前例がある以上、頭痛とはいえ恰好つけたり強がっている場合ではない。


「ヒナトちゃん、先に連絡入れてきてくれる? 僕らはあとからゆっくり行くから。

 できればエレベーター前で待っててもらえるように頼んどいて」

「……わかりました! 行ってきます!」



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