data_030:唯一にして最強の武器

 もちろんタニラは言葉でちょくちょく口撃してくるだけで、今のところ実力行使には出ていないし、……あのそっくりさんほどの悪意は向けられていない。


 あの子はなんだか、ヒナトのことが憎くて憎くて仕方がない、という感じだった。

 一班の秘書に成り代わる発言も、その立場が欲しいというより、ヒナトから奪ってやりたいという感情に拠っている、そんなふうに思える。


 タニラはたぶん前者なのかなあと思うだけに、なおさら彼女の害意というか敵意を強く感じる。

 あの子はヒナトの居場所をなくそうとしているみたいで。


 でも、なぜ、ヒナトを憎むのだろう。

 ヒナトはあの子のことを今まで知らなかったし、むしろ今でも何者なのかまったくわからないし、だからたとえば彼女に何かひどいことをしたとか、そういう覚えはないのだが。


 ともかく、この件に関しては、研究所側には言わない、ということでその場が合意された。


 そもそも彼らは例の文書を秘密にしている。

 その内容がはっきりしない以上は、サイネたちとしても無策に彼らを批判することはできない。

 まず全容を明らかにして、その内容如何により争点を明らかにすべきである、というのが女王様の意見である。


 その話を聞いて、ヒナトは少し思った。

 サイネは花園のことを良く思っていないのかもしれないと。


 わざわざ隠し文書を見つけ出して解読しようとしているのも、花園の弱味でも探しているように感じられなくもない。

 そこまでの悪意がなくとも、少なくとも彼女は通常ソアに開示されている情報だけでは満足できなくて、花園の研究内容のすべてを知ろうとしているのかも。

 ……それはすべて自分たちソアのことでもあるからだ。


 その彼女に追従しているユウラはどうなのだろう。

 ただサイネと親しいからとか、彼女の部下だからというだけでは、ここまでしないような気がするが。


 そして、ここまでの話し合いに同席しているアツキはどうだろう。

 サイネたちの「冒険」について、彼女は驚きもしなければ反対も賛成もせず、ふつうのことのように聞いている。

 ヒナトのそっくりさんに関しては眉をひそめていたけれど。


「もしかして、ヒナちゃん以外にもそっくりさんがいたりして~」

「……そりゃないでしょ。生体認証の意味がまるでないわ。

 それにソアに複製がいたとして、いったい花園のどこにそれだけの人数を収容する空間があるの」

「んっとね、ラボ階には入れない場所も多いし、じつは見取り図と違う部屋になってるとか……少なくともヒナちゃんのそっくりさんはどこかにいるはずだし、んじゃあ、私はそっち調べてみようかな?」

「そーね、アッキーにはそれ頼むわ」


 若干呆れ口調でサイネに言われ、しかしまるで気にしてないふうにラジャ~! と敬礼つきでゆるく答えるアツキであった。

 なんていうかアツキは自分のそっくりさんが現れても仲良くしそう……。


 ともかくそろそろ昼休憩が終わるので、一旦解散しなければならなかった。


 ヒナトはアツキとともに二班オフィスを出たが、ついなんとなく周囲を警戒して見回してしまう。

 もちろんヒナトのそっくりさんの姿はない。

 それどころか戻ってきたタニラがいたので、何してんのこの子頭大丈夫かしら、という冷たい眼差しを送られることになった。


 しかしヒナトとしてはそれよりも恐ろしい影がないことのほうに安堵して、タニラに会釈しつつ穏やかにアツキと別れることができた。

 いやもうあの子に比べたらタニラとかぜんぜん怖くない。


 むしろ愛想を振りまくのはいいだろう。

 誰にでもにこにこ笑ってるあたしがほんもののヒナトですよ、という宣伝のつもりで、ヒナトは通りすがる研究員らにも笑顔で挨拶する。

 もし自分そっくりの無愛想な偽者が現れても、態度が違えばわかってもらえるかもしれない。


 そうしたらたまたまニノリともすれ違って、この前の恨みというかなんというかは忘れていなかったものの、ヒナトは分け隔てなく彼にも笑顔で「お疲れさまです」と言った。

 すると。


「あ、ああ。お疲れさまです……」


 まさかというか意外にというか、ニノリもまともに答えてくれた。

 しかも語尾が敬語というのは周囲のソアより歳も立場も低めなヒナトには貴重な体験で、しかもあの無愛想の極みとでも言うべきニノリに年上扱いされるとは思えなかったので、なんていうかびっくりしたのだった。


 そのまま三班オフィスへと歩いていく少年の後姿を思わず見送ってしまいながら、なんか機嫌よさそうだなあ、と思ったヒナトだった。

 何かいいことでもあったんだろうか。

 ニノリの場合なんだろう、お昼にプリンでも食べたとかか。


 ともかく自分もちょっとだけ上げられた気分になりながらオフィスに戻ったら、ヒナトは一分ほど遅刻してしまったので、結局ソーヤにお小言をくらうはめになったりしたのだった。



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