data_029:地面の下の話Ⅰ‐ルーツ‐(2)
「しかもこいつ、幾つかロックされたエリアを経由してるうえ、そのままじゃファイルの存在すら表示されないから、立派に隠しファイルよね。ソアに解読式を渡していない暗号なんか使ってるし、私たちには読ませないつもりなんでしょ」
「……ど、どうやってこんなの探してきたのサイネちゃん……」
「ちょっとね、探検してたらユウラが拾ってきただけ」
もしかしなくてもそれってハッキングにあたるのでは。
そんなことをしたのが花園職員に知られたら、怒られるレベルでは済まないのでは。
それ以上のレベルがどんなものか想像もつかないが。
それを探検の一言で済ませるサイネたちの感覚がヒナトには恐ろしい。
というかなぜそんなことを。
「まだ解読式を模索してる段階なんだけど、現状の仮定式で文章らしく直せたところがある。
それがここ……コピーして解読プログラムに突っ込むと、こんな感じ」
とん、と軽いタッチ音のあと、サイネのコンピュータ上には短い文章が表示された。
ついさっきまで数字ばかりの奇妙な呪文だったものが、あら不思議、ヒナトでも読めそうな漢字まじりのひらがな文章になったのである。
そこにはこう記されていた。
『**月*2日─‥***4**号胚、双方*お*て正常*発生を確認*た_ソ*の*史を**るこの素晴らしい*明にはヒ**ダコウ*氏によ*てOP**Aの名*冠さ**_個体*は暫**が「ひ*」らしい_まだ幼**将*はソ*の**運*翼と**存在*え*「雛」**う』
だいぶん穴だらけではあるが、わからなくもない。
冒頭は「双方において正常な発生を確認した」だろうか。
双方において、とあるから、同じナンバーを振られたふたつの胚が存在して、その両方が発生──つまり生命として機能している。
雛、という漢字は、ひな、と読める。
前のカギカッコに示された個体名がそれなら、もしかするとこれはヒナトのことだろうか。
なんだか変な感じがしてヒナトは自分の腕を抱いた。
もしこれがヒナトが造られた当時の記録なら、ヒナトには同時に造られたもうひとりのヒナトがいることになる。
……それが、あの、そっくりな子なのか?
でも、なぜ、そんなことを。
そんな話を今まで研究員から聞いたことがない。
もうひとりいるなんて、ただの一度も。
それによほどの理由がない限り、ソアを双子で精製するようなことはないはずだ。
この文面からすると、どうも何か他のソアとは違う何かが、ヒナトにはあるようだ。
恐らくソア、をどうにかする「素晴らしい」何かが。
もちろんヒナトにはさっぱり身に覚えがないし、それどころかふつうのソアより劣っているように思える。
プラスアルファなんてとんでもない。
余計混乱してあーとかうーとか呻き始めるヒナトを、可哀想な子を慰めるようにアツキが頭を撫でた。
「前からヒナちゃんは変わってるなあと思ってたけどねえ……でも何がなんだかよくわかんないよね、これじゃ。肝心の技術名らしいのも文字化けしてるし」
「そうね、もうちょっと精度高いのが要るわ。
……ともかくヒナト、あんたは気をつけたほうがいいと思う。その女、『乗っ取ってやる』とか言い捨ててったんでしょ?
部屋に勝手に入り込むくらいだし、ドアの生体認証が区別できないんだから、もっと何かやらかしてもおかしくない。
こっちのデータのことは私とユウラでもう少し調べてみるから、あんたは自衛に専念しなさい。とくに認証系は指紋も虹彩もやめてパスワード式に変えるべき」
「う、うん、わかった……」
「……パスワードは予測されないように、できるだけ長く不規則な数列を使うといい。それも盗難防止にメモは作らず頭で覚えるべきだな。それから定期的に変更する」
「う……うん、がんばる……」
ユウラからのアドバイスがどう考えてもヒナトには難易度超上級クラスだったので思わず声が震えるが、内心、意外とユウラくん優しいんだなあ、とか思ったりもしたのだった。
というかここまでの事情を一切説明してないのに物分りよすぎやしないだろうか。
さすが二班副官。
そのあと、作戦会議みたいな感じで今後のヒナトの身の振りかたを話し合った。
まずはサイネたちに言われたとおり身の回りの管理関係の防御を高める。
とくにオフィスで使っているコンピュータなど、何かあったらヒナトだけでなく班やラボ全体にまで迷惑が及びかねないし、それでヒナトが責められれば向こうの思う壺だ。
絶対に守りきらなければ。
それからすぐにソーヤとワタリにも相談するべきだ、と言われたが、これはまともに取り合ってもらえる気がしなかった。
果たしてヒナトの言葉など、彼らの前でどれほどの効力を持つというのか。
もちろん相手が狙っているのは『一班の秘書の座』であるからして、班の仲間に協力を仰ぐのは必須だというのはわかるのだが。
というかそれってタニラと同じじゃないか、目的が。
方法はどうか知らないが。
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