File-2 混沌(カオス)は過去からやってくる

なにかが変わろうとしている

data_028:地面の下の話Ⅰ‐ルーツ‐(1)

 昼食は昨日の外出と同じメンバーで食堂に集まっていた。


 つい先日まではこんなこともなかったので、本来なら嬉しかったはずのヒナトだけれども、今日ばかりはそういうわけにもいかない。

 サイネとアツキに相談するべきかどうかで頭がいっぱいで、ランチの味もよくわからないありさまだ。


 あの呟きの真意も含め、謎の「ヒナトのそっくりさん」についての情報がほしい、という気持ちはもちろんあった。


 だが同時にただの夢か妄想だったことにしておきたい気持ちも強い。

 もう全部なかったことにして、今後とも何事もなくマイペースに秘書生活を送れるのなら、毎日ソーヤにいじり倒されようがワタリに失笑されようがかまわない。

 ……いややっぱりそれは嫌だな。


 とか、どうとか考えて悶々としているのがばっちり顔に出ていたようで、アツキが心配そうな面持ちでこちらを覗きこんできた。


「ヒナちゃん、顔色悪いよ? お腹痛い?」

「腹痛にしてはよく食べてるように見えるけど。またなんかやらかしたの?」

「いや……ミスはしてるけど、これはそれとは別件で……」


 だいたい相談したところで、果たして自分のそっくりさん出現なんて話を信じてもらえるだろうか。


 というヒナトの憂いは、数秒後のサイネの「寝ぼけてたんじゃないの」という辛辣極まりない一言で現実のものとなり、なんか胃の重みが一段と増したような気がした。


 でもヒナトだって誰かにそんな話をされたらまず夢を疑うところだ。

 ええと、なんていうんだっけこういうの。


「ドッペルゲンガーってやつかなあ……あれ、でもそれって出逢っちゃうと死んじゃうっていう」

「いやー!」


 アツキまで容赦なく恐ろしいコメントをくれた。

 やめてください。


「無駄に怖がらせるのやめてよ、うるさいから。

 とにかく……食べ終わったらうちのオフィスに移動しましょう。少し気になるし」

「え、サイちゃんは心当たりでもあるの?」

「さあね」


 思わせぶりなサイネの言葉にはひっかかるものがあったが、手がかりがあると思うとヒナトものんびり食べる気にはなれなかった。


 半ばかっ込むようにしてランチセットを完食し、ゆっくりしていたアツキをも急かして、トレーを片付けるなり研究棟へ向かう。

 慌てすぎてサイネとアツキを置いていかんばかりの早さだった。


 こういうときはエレベーターの速度がやたら遅く感じる。

 いっそ階段で行こうかと一瞬思ったが、先日ずっこけたことを思い出したのでやめた。



 ともかく久々に覗いた二班オフィスは相変わらず整理整頓が行き届いていて、しかも午前中出したであろうティーセットが見当たらないということは、一旦給湯室に片付けたらしい。

 こういう点についてヒナトはタニラを尊敬する。


 サイネがスタンバイ状態だったコンピュータを起こしていると、ちょうどそこへユウラが戻ってきた。


 随分早い戻りだなと不思議に思ったヒナトだが、それより他班のソアがふたりもいることにユウラのほうが驚いたようで、顔や言葉には出ないものの一瞬固まったように見えた。


 アツキはそれに構わずのんびりした調子で「ユウラくん早いねえ」なんて言っていたが。


「悪いけど今日は打ち合わせやってる暇なさそう。ほら、先週見つけた隠しファイルの件」

「……ああ、それで何でアツキとヒナトがいる?」

「アツキはともかくヒナトは関係者かも、ってとこ。まだ確証はないけど。

 とりあえずふたりとも、今から見るデータについては他言無用だから」


 隠しファイル? 他言無用のデータ?


 サイネとユウラの会話が例によってまったく意味がわからないのでヒナトの頭上はハテナマーク畑になってしまったが、ともかくサイネが何やらコンピュータを操作していると、幾つかのファイルが展開された。

 これまた何がなんだかわからない、花園ではお馴染みの英数字の羅列である。


 みんなこんなのよく読めるよね、と思わずヒナトがぼやいたところ、こんなの私でも読めないとサイネが言った。


 どういうことだろう。

 いつもこんなのを眺めてあーだこーだ言うのが仕事じゃないのか。


「これ、いつものと違うよ、ヒナちゃん」

「え?」

「数字系の暗号化だから一見似た文面に思えるが……俺もこれはほとんど読めん」



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