data_025:帰るまでがおでかけです

 外出スケジュールはすでにきっちりと組み立てられているが、これは考えるまでもなくサイネの仕事であったことだろう。

 右も左もわからないヒナトとしてはありがたい限りである。


 ともかく今度は女の子向けのファッションやら雑貨やらを見て回った。

 そのついでに見かけた、なにやらカラフルな外装のカフェとかいう店も激しく気になった。

 が、基本的に研究所の外では飲食禁止となっているソアたちは、店外まで溢れている香りを享受するのが関の山だ。


 いざとなったら給湯室でお菓子作ろうよ、というアツキの言葉がやたら頼もしく聞こえる。


 しかし材料はどうやって用意するのだろうか。

 直接飲食せずとも生ものは「お小遣いで買ってはいけないもの」に含まれるので、プリンなどと同じく職員さんに買ってきてもらわねばならない。


 まあそれは置いておいても、初外出はとても楽しかった。


 二時間で吟味するのは難しかったが、かなり悩みながらもヒナトは一着だけスカートを手に入れ、次回のお出かけに備えることにした。

 上に着るものはまたサイネかアツキに借りることになるけれど、それもまた楽しみのひとつと言えるだろう。


 それにソーヤやワタリに起きた日を尋ねるというミッションも増えた。


 それもできるだけ何気ない感じで訊くのよ、とはアツキの言だ。

 プレゼントは予想されないタイミングで渡すのがいちばん相手も喜ぶし、渡す側もわくわくするんだそうだ。

 たしかにヒナトも想像するとにやにやしそうになる。


 しかし、そんな弾む気持ちの裏側に、まだ燻っているものもあった。


 件のネクタイピンの店で感じていたヒナトのもやもやは、花園に帰る段階にいたってもまだ晴れなかった。

 そもそも、何についてもやっとしているのかさえ、このときのヒナトは理解していなかった。


 ただ、この感じはどうも、前にも──そう、いつかタニラと話したとき感じた変な感じと、よく似ているようだということだけは、どうにか気づくことができたのだけれど。



・・・・・+



 外出から戻ったソアたちは『洗浄』を受ける。


 それはもちろんヒナトも例外ではなく、サイネたちに借りた服もろとも衣服の一切を洗濯スペースに預け、素っ裸になって専用エリアに入った。


 ここは例えるなら巨大な風呂か洗濯機という感じで、箱型の装置の中に入ると四方八方から洗浄液が注入され、数分間その中で過ごさなくてはならない。


 外出こそ初めてだったヒナトだが、洗浄は慣れっこだった。

 ソアは毎日のお風呂に加え、だいたい月一くらいの頻度で洗浄しているので、これまでの人生で数え切れない回数くまなく除菌されまくっている。


 ……といいつつもヒナトはじつはこの洗浄という時間をひそかに苦手としているのだが。


 だって液は独特の臭いがするし、装置いっぱいにまで注ぎ込まれるので息が苦しい。

 専用の特殊液なので潜ったままでも呼吸は可能なのだが、飲み込んでいるようなその感覚がどうも不快だし味がしないのもまた変な感じだし、あとやっぱり臭いが好きになれない。


 そんなわけで全身しっかりと雑菌を洗い落とされたヒナトだが、その気分は楽しかった外出の思い出まで忘れそうなほど損なわれてしまっていた。


 とりあえず美味しいココアを作って回復しよう。

 そんな決意を胸に、職員さんから渡された滅菌済みの室内着に着替える。


 外出着やバッグ等も一端回収され、後日クリーニングを通ってから戻るので、手ぶらになったヒナトはそのまま自室に帰らず食堂に寄った。

 そうして普段よりもミルク増量ぎみで用意したほかほかココアを手に部屋へ。


 ふと気づいたのだが、こうやって自分のココアだけを持っているときは、意外と躓いたりこぼしたりしたことがない気がする。


 考えたところそれは緊張しないからだ、という結論に至った。

 だって誰にも急かされてないし、カップひとつならお盆はいらないし、味も保証されている。


 もしかして、もう少し普段から落ち着いて行動できるようになればミスも減るのでは。


「んでも緊張する原因って約一名なんだけどなぁ……」


 某班長さんがやたらヒナトをいじってくるのが八割くらいいけないと思うんだ、ヒナトとしては。


 なんて思っても絶対本人には言えないのだけれども。

 というかむしろ、ヒナトのほうが、勝手に不必要に意識している部分も残り二割くらいはある、気がしなくもない。


 なんともいえない気分になりながら扉に手をかける。


 そして、あれ、と思った。

 ここですんなり開くのはおかしかった。

 いつもならそれでいいのだが。


 花園の中をうろうろするぐらいならともかく、外出するとなればさすがにヒナトも鍵くらいかけたはずなのだ。

 しかもソアの部屋の鍵は生体認証だから、ラボのほうでシステムを書きかえるとか大掛かりなことをしない限り、ヒナト以外にこのドアを開けられる人間はいない。


 そりゃあ困ることなどないのだが、施錠を忘れるとは迂闊だった。

 脳内でタニラの亡霊に罵られている幻聴さえする……くそう。言い返せなくてつらい。


 とか、そんな呑気でいられたのはその一瞬までだった。


 ──誰かいる。



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