data_023:ヒナト、大地に立つ
外出時間は日によって変わるが、今日は二時間程度で帰宅するように言われている。
そしてひとりにつきひとつずつ小さな機械を持たせられた。
ボタンがひとつあるだけのシンプルな端末だ。
これは外出中に具合が悪くなったときなど、非常時に使うものらしい。
前に一度、ソアたちは花園の外では生きられないのだと、お偉いさんたちから説明されたことがあった。
外界にはたくさんのウイルスや雑菌、微生物などが棲息していて、花園生まれ花園育ちのソアたちは、それらへの耐性が弱いのだ。
そんな外界に長時間いたら何が起きても不思議はない。
それでもたまの息抜きとして外に出ることは必要なのだ。
篭りきりでは精神が腐ってしまう。
「それじゃあいっておいで。気をつけてね」
職員のおじさんに笑顔で見送られ、ソアたちは花園を出た。
施設の外に広がっているのはどこまでも続くかと思われるような雑木林だ。
そこから車に乗って街まで行く。
やがて樹の数は減り、アスファルトで舗装された道路が現れると、いよいよヒナトにとっては初めて見る光景だった。
──地面が黒っぽい。
あと車って思ってたよりも揺れるんだな……ちょっと気持ち悪くなりそう。
でも、でも、なんか、すごく楽しい!
十数分ほどして車を降りると、ぷわっと嗅ぎなれない臭いがした。
あたりは車が何台も走っていてごうごうとうるさい。
ほんものの信号機がある。
そこへ続く道は白い線がひいてあって、褪せて青黒いアスファルトとの対比が川と橋のように見えた。
そして、知らない顔をした人間が、あっちにも、こっちにも。
「いい、昨夜打ち合わせしたとおりのルートで散策するから、時間はきっちり守るように」
「あとヒナちゃんははしゃいで事故ったりしないようにね~」
「アツキちゃんほのぼのと怖いこと言わないでよ。大丈夫、交通ルールはちゃーんと勉強したから!
……うわああすごいあれ何ぶっふ」
興奮のあまり叫びだしそうなヒナトの口をさっとサイネの手が塞ぐ。
時間が勿体ないとでも言いそうな顔でそのままヒナトを引きずっていく女王様を、にこにことお母さんが追従している、すごく変な絵面だった。
「最初はこの店に寄るからそこの信号で左に曲がる。ヒナト、はぐれそうならアツキと手でも繋いでなさい」
「そこは何のお店なの?」
「ん~とね、男の子の服とか、鞄とか」
「……われわれはそこにいったいなんの用事が?」
「用があるのはアツキだけでしょ」
「うん。付き合ってもらっちゃってごめんね。でもせっかくだからふたりも何か探してみたら?」
「何かって?」
「起きた日のプレゼント。私はね、ニノりんが来月の三日に起きた記念日だから……ユウラくんはいつだったっけ?」
「来月の十八日。……ちょうど私の一ヶ月前だから覚えてただけ、言っとくけど。ヒナトはソーヤとかワタリがいつ起きたか知ってるの?」
サイネの問いにヒナトは首を振った。
起きた日というのは、ソアにとっては誕生日の代わりみたいなものだろう。
下の段階"ガーデン"の子どもたちは、第二次性徴を迎える少し前に、特別な『眠り』に入る。
短い人でも二年以上かかるその休眠期から醒めると、彼らはグリーンハウスに移るのだ。
基本的にラボの擬似母体で生まれるソアには誕生日がないから、代わりに『起きた日』を記念日として祝う、のだが中には自分の起きた日さえ知らないソアもいる。
ヒナトもそうだ。
ソーヤたちの以前に、自分の起きた日を知らない。
その日のことはむしろよく覚えているのだが、当時のヒナトにカレンダーを見るような習慣がなく(現在もあまり真剣には見ていない)、日付という概念そのものに疎かったような気もする。
ヒナトが『起きた』日、いまGHにいるソアのほとんどは既に目覚めたあとで、ほぼ現状と同じ役職についていた。
第一班はまったく別の人たちで構成されていたらしいが、ヒナトの目覚めとともに再編され、今の三人──ソーヤ班長、ワタリ副官、ヒナト秘書という組み合わせで再出発して今に至る。
前のメンバーは上の階層『ラボ』に移り、たぶん今もそこで研究を続けている。
起床日プレゼントを贈りあうのはそれだけ親しい間柄である証だが、同じオフィスの仲間なら充分問題ないだろう。
ヒナトとしても普段ご迷惑をおかけしちゃっているお詫びというか、なんというか、とりあえずお小遣いの許す範囲内で何かお土産を買ってもいいかなあ、と思う。
けど、肝心の日付がわからなければ、ふたりの好みもよく知らない。
……ソーヤはさっき見た私服姿から傾向を想像するにしても、ワタリはどうやら出かけないようで今日は見かけなかった。
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