data_016:主戦力は秘書のようです
エレベーターが三階に止まり、ドアが開く。そこまではいい。
開いた瞬間を狙ったかのように吹っ飛んできた植木鉢、これはよくない。
突然のことにヒナトはそれを避けることができず、かといって直撃するわけにはいかないという本能が働いて、咄嗟にグーパンチを繰り出した。
驚きのあまり、おあああ!とわけのわからない叫びをあげながら。
その瞬間自分でも無理だと思った。
……だというのに、その拳は奇跡的にも植木鉢を粉砕するのに成功したのだから、びっくりだ。
ヒナトは黒っぽい土と花の咲いていないシクラメンを制服の前面に被っただけで済み、左右に立っていた男性陣に至っては無傷無汚れ。
なんか損した気がする。あとひどい。
「おー、すごいすごい。さすが毎日もの壊してるだけあるね」
「ワタリさんそれは褒め言葉になってないです……理由にもなってないと思います……」
「ははは、やっぱ俺の見立ては間違ってなかったな! ぶっちゃけヒナひとりでもいけると思うぜ」
「ソーヤさんのばか……」
なんだろう、毎日何回も三人分のお茶くみをしているからだろうか。
お茶をくんではこぼして掃除しているからだろうか。
機械を壊してアナログで仕事せざるを得ない状況にちょくちょく陥っているせいもあるかもしれない。
そうやって少しずつ鍛えられていたのかも。
いやいやいや、だからって、どうしてチビいや小柄でただの秘書で貧乳なヒナトにそんな体育会系な芸当ができるというのだ!
実際できちゃったわけだが、これは偶然だ。
まぐれだ。
そうだと思いたい。
どうして美人秘書はたまに般若になるとはいえあんなにかわいらしく振舞えて、ダメ秘書はこういうときに無駄にパワフルだったりするのだろう。
どう考えても差別だ。
遺伝子でも細胞でもいいからちょっと交換してくれ。
「じゃあ僕は上見てくるから、戻るまでふたりで頑張ってねー」
おっと、落ち込んでいるわけにもいかない。
ニノリを止めなくては。
ワタリの乗ったエレベーターが上昇するのを見送りつつ、ヒナトとソーヤは三階に響き渡る物音を聞いた。
文字で表現するなら、どんがらがっしゃん、といった具合だ。
手当たり次第にものを投げつけているのだということは、先ほどの植木鉢を思えば想像に難くない。
だいいち廊下にもいろんなものが転がっている。
ティーカップらしき破片に、投げられた衝撃で中身が飛び出したファイルが数冊、さらにはひっくり返ったキャスターつきの回転椅子。
プラスチック製の防水トレーは無傷だ。
ついでに奥の部屋からはぎゃあぎゃあと騒いでいるのも聞こえる。
アツキの声に混ざって聞こえるヒステリックな少年の声がニノリのものだろう。
そこに入るのはなかなか億劫ではあったが、ふたりは歩き出した。
・・・・・+
ふたりが恐るおそる第三班のオフィスを覗くと、眼の前をマウスが飛んでいった。
残念ながらコードのついていないタイプだったため、哀れなマウスは途中で引き留められることなく壁に激突し、床に落ちる。
しかしこうしたショッキングな光景もある程度は予想していたので、それほど動揺はしない。
とにかく状況を把握するために室内を見回した。
そういえばヒナトはここに来るのが初めてだ。
……これはひどい。
もともとはきれいに整頓されたオフィスだったのだろう。
奥の壁は薄紫色で、白いラインが三本。
壁に隙間なくぴったりと並べられた棚と、二人分しかないデスクのために、一班のオフィスよりも少し空間が広いような印象を受ける。
だが室内に立ちこめているのは雑然とした空気だ。
その原因は間違いなく床に散乱したファイルの山と、その中心でどす黒いオーラを放っている小柄な少年にある。
第三班オフィスの班長で、ユウラの言葉を借りれば「病的な甘党」であるというニノリは、GHの階層では今のところ最年少だ。
それでいて班長を務めているということは、それだけ能力が高いということになる。
「ニノりん、あのね、いちごゼリーならあるらしいの。それじゃだめかな?」
秘書であるアツキは荒れ狂う少年をなだめようと懸命に話しかけていた。
ニノリが投げたものが当たったのか、右頬が赤く腫れてしまって痛々しい。
当のニノリには彼女の声が届いていないらしく、何やらぎゃあぎゃあと泣き喚きながら手当たり次第にものを投げている、ように見えた。
とりあえずアツキのほうが入り口に近かったので、ヒナトはそのへんに落ちていた分厚いファイルを盾代わりにして近づく。
「アツキちゃん大丈夫!?」
「あ、ヒナちゃんにソーくん。ごめんねぇ、今ちょっとニノりん怒っちゃってるから、話は後にしてくれる?」
「いや俺らはニノリを止めにきたんだって」
「そうなの?」
この状況できょとんとしてふたりを見るアツキの神経はどうなっているのだろう。
っていうかこれで「ちょっと怒っちゃってる」レベルなのだろうか。
ヒナトには完全にぶち切れているように見えるのだが。
いつもこうなの?と聞くと、まっさかぁ、と軽く笑われた。
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