data_013:羨ましいはこっちの科白
オフィスに戻るとサイネとユウラは早くも休憩していた。
いや既に充分仕事はしているからいいのだが、飲みものを待たなくてもいいのだろうか。
休憩中のくせに、なにやら小難しい話をしているところが彼ららしい。
もちろんヒナトにはちんぷんかんぷんなのだが、手にしているのが先ほどヒナトの整理していたファイルなのだから、まあ仕事とか花園の研究内容とかに関する話なのだろう。
ヒナト的にはそれはもはや休憩時間にする話題ではない。
ただ、タニラの言う「仲がいい」の意味は、なんとなくわかった気もする。
すごく仲がいい、のかはわからないが。
「あれ、あんたも淹れにいってたんじゃないの?」
「うーんなぜか追い出されちゃった。あ、失敗したとかじゃないからね!」
「はいはい」
そして軽くあしらわれるヒナトであった。
「にしても、どーしてタニラさんてあたしのこと嫌うのかな。そりゃあ無能だけど」
「何それ愚痴?」
「うー……そうなる、と思う」
そういうつもりではなかったが、結果として、愚痴になってしまったと思う。
ほんとうに理解できないのだ。
タニラがどうして執拗にヒナトを非難し続けるのか、そして自分のあまりのダメさ加減にも辟易している。
たしかに、ヒナトは仕事ができない。
それを見ていて腹が立つと言われるのは仕方がないとも思う。
だが、タニラの言いかたがいつもひっかかるのだ。
見かねて助言をくれるわけでもない。
ただひたすらに否定の言葉をぶつけてくる。
それも、単なる秘書としてのヒナトに対してではなく。
──必ず彼女は、ソーヤくんの秘書として、という言いかたをする。
「なんでだと思う? サイネちゃんわかる? ユウラくんは?」
ここしばらくずっと考えていて、そろそろ行き詰ってしまっていたヒナトは、状況を打開するべくふたりに意見を求める。
ふたりは頭がいい。
だからきっと、答えを見つけてくれるだろう……。
サイネとユウラは打ち合わせでもしたかのように絶妙なタイミングで顔を見合わせた。
一瞬だが、ユウラが間の抜けた表情になったのが少し面白い。
彼もちゃんと表情を変えることがあるらしい。
だからますますヒナトの期待ゲージが上昇したというのに、
「いや、ここへきて分かってないあんたのほうがなんでって感じ」
ずどん、といつかのように叩き落とされる結果となったのだった。
「俺は仕事に私情をはさむなと言っているんだが……」
「それはユウラが言っても説得力ないんじゃない」
「ええええ逆にユウラくんがどのへんに私情はさんでるのかわかんないよ!?」
「わからなくてもいいから気にするな」
いや気になるよ!
そのあたりをもっと問い詰めたくなったヒナトだが、ユウラはサイネのほうをちらりと見たきり黙ってしまった。
そういう意味ありげなアクションはよくないと思います。
余計に気になってしまいます。
よくわからないがサイネはそれを知っているらしい。
やっぱり仲がいいのだろうか。
「とにかくあんたが鈍すぎて話にならないってことは確かね。
……まあ、特別にヒントをあげるとするなら、タニラはものすごーくあんたが羨ましいってことくらいかな」
しかもサイネの言うことはもっとわからないのだから問題だ。
だってだって、羨ましがられる要素がいったいどこにあるのかと!
毎日ソーヤにいじられ機械を壊しまずい茶を淹れては転んでこぼし、それでまたソーヤにいじられワタリに渋い顔をされ、挙句の果てにじつは毎月末提出の書類を連続五回ボツにされているこの貧乳いやヒナトの、いったいどこに!
自分で言っていて悲しくなってきたのは秘密だ。せめて胸があれば……。
ぽかんと間抜け面を晒しているヒナトに、サイネはさらに言った。
有利なのはあんたのほう、と。
何のことだろう。
「それなのに何の努力もしてないように見えるから「ずるい」って言いたくもなるんでしょ。
悪いけど、私はどっちの肩も持たないから」
「……実際タニラは可哀想だな」
俺だったら堪えられないかもしれない、とかすれた声で呟くユウラを、なぜかサイネが馬鹿とかなんとか罵った。
どういうことかまだ聞きたかったのにそこでタニラが戻ってきてしまった。
それから四人でコーヒーや紅茶を飲んだ。
ヒナトの配当は砂糖入りミルク多めのカフェオレで、コーヒーが苦手なはずのヒナトでも飲みやすくて美味しかった。
……やっぱり、どう考えても羨ましいのはこっちのほうだ。
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