data_012:なんだかすっきりしない話

 そういうわけで仲裁に無駄な体力をつかったヒナトなのだが、今度は女王様から飲みもののおかわりが欲しいと仰せつかった。


 先にすばやく動いたのはタニラ。

 ヒナトもいろんな理由でタニラにくっついてオフィスを出る。


 ……いやべつにサイネが怖いとかそういうことではなくて、えーっと、秘書ライバルとしてタニラのお茶くみのようすを偵察するためだ。たぶん。

 もしかしたらタニラもお茶くみだけは苦手だったりするかもしれないし。

 そうでなかったとしても、やりかたをよく見ておいて真似するのも練習になるだろうし。


 とにかくごちゃごちゃと理由をつけてはそれを自分に言い聞かせるようにしながら、ヒナトはやや遅れて給湯室に入る。

 コンロにかけられたやかんが最初に目に入った。


「あなた何しに来たの?」


 いきなりひどい言い草だ。


「し、仕事ないんで荷物持ちくらいしようかなって思って!

 ところであのふたりっていつもああなんですか?」

「サイネちゃんとユウラくんのこと?」


 タニラは慣れた手つきでインスタントコーヒーをカップに入れ始めた。


 分量を見ておきたいヒナトだったが、腹が立つことにちょうど胸に隠れて見えない。

 相手がこのタニラでなかったら胸を大きくする手段を聞きたいものである。

 

「まあ、そうかな。……あのふたり、仲がいいの、すごく」


 ……いや、あれのどこが?


 思わず心中でツッコミを入れるヒナトだが、声に出すことはしなかった。

 というのも、そのときのタニラのようすがどこか寂しげで、なんだかそれが気にかかったからだ。


 ヒナトには気にしてやる必要も義理も筋合いもないはずだったが。


 タニラはユウラのティーカップも持ってきていた。

 ユウラ自身は何も言わなかったのだが、カップが空になっていたからだ。


 茶葉を掬う手つきさえもきれいなのは、やはり彼女が美人だからだろうか。

 それも外見だけでなく、何か内側から発散されるオーラのようなものが、タニラにはあるような気もする。

 それはヒナトにはない何かだ。


 自信? 才能?

 でも、それならこの悲しい気配はなんだろう……?


「いつも折れるのはユウラくん。サイネちゃんはそれがわかってて、たまにどう考えてもわざといちゃもんつけたりしてるの。

 でも、ユウラくんは文句ひとつ言わないで、いつもサイネちゃんに寄り添ってるのよ」

「……はあ」

「でもね、サイネちゃんはユウラくんを否定しない。口ではいろいろ言うけど、それでも一度だって副官を変えてくれなんて言ったことない。

 ユウラくんもサイネちゃんの愚痴を言うところなんて見たことない。

 ──思えば『眠り』につく前からずっとあのふたりは一緒にいたから……でも、ソーヤくんは──」


 そこまで言って、タニラが急に振り返った。


「なんでこんな話あなたにしなきゃならないの。もう出ていってよ」

「はい?」

「邪魔なのよ、出ていって!」


 突然すごい剣幕でヒナトを追い出そうとするタニラの、あまりの理不尽さにヒナトは言葉が出てこなかった。


 確かに先に質問したのはヒナトだ。

 だがそのあと聞いてもいないことまでぺらぺら喋り出したのはタニラのほうだ。

 それを出ていけ、とはこれいかに。


 聞いてほしかったから喋ったんじゃないのかな、とヒナトは思う。

 例によって相手がヒナトだから拒否反応を出しただけかもしれないが。だったらさっさと別の人に好きなだけ話してすっきりすればいいのに。


 そういえば、タニラには友だちはいるのだろうか。


 ヒナトはアツキと給湯室でお喋りする仲だし、困ったことは大抵ワタリに相談するようにしている。

 ソアたちに言いにくければ適当に暇そうなラボの職員を捕まえてもいい。このあいだのコーヒーの相談のように。


 アツキは意外にサイネと仲がよいらしい。

 ワタリは誰とでも親しくするタイプだし、アツキ情報では三班の班長とユウラも親しいと聞く。


 だがタニラと親しいという相手は、ヒナトの知る限りソアにはいないのだ。


 しいて言えばタニラ自身がよくソーヤにくっついているようだから、仲はいいのだろうが、どうも彼女とソーヤのつき合いというのは、友だちという感じではないようにヒナトは感じる。

 上手く言えないのだが、例えるならサイネとユウラのちょうど真逆をいくような感じだ。


「……うーん、なぁんかすっきりしないなあ」


 ヒナトはヒナトで変だった。

 理不尽な言い草とは別で、何かタニラにおかしいことを言われたような気がしてならないのに、それが何なのかわからない。


 気のせいかな、とひとりごちた。



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