data_009:そうだ、二班オフィスに行こう②
「いやあ、いまちょっとマ……いや転送機が故障してて~」
「あんたよく物を壊すんだねー。私が聞いたのだけでも、PCにコピー機にカップにポットに掃除機の五種類はあるんだけど」
ヒナトの破壊癖は二班にまで知れ渡っていたようだ。
ちなみに実際はそのさらに三種類ほど上乗せして、かつそれぞれ複数回に及んでいる。
自分でもある種の才能だとさえ思う。
「まあいいわ。すぐ処理するからちょっとそのへんで待ってて」
「え、すぐって」
「すぐっつったらすぐ。ユウラ、Gファイルの六番から下こっちに送って」
「了解。タニラにも回すぞ」
「どうぞー」
ちょっと恰好いいな。
思わずヒナトはまじまじとサイネを見た。
女の子が班長だと聞いて、もっとこうほのぼのとした職場を想像していたりもしたが、そんなことはとくになかった。
暇なのでサイネの後ろからコンピュータの画面を覗きこんでみると、そこにはわけのわからない数字の羅列がびっしりと表示されている。
どういうわけだか知らないが、ここ花園ではデータはみんなこうやって数字に置き換えられていて、その数字のまま処理されたり考察されたりするのである。
慣れるまでは何と書いてあるかもさっぱりわからない。
……いや、ヒナトは今でもまともに読めはしないが。
だからいつもソーヤとワタリにほぼ丸投げしているのだ。
なんか根本的な問題が見えた気がする。
今度はユウラの背後に回ってみる。
サイネのほうと似た光景だ、そりゃそうか。
違うのは防水カバーの上に置いてあるカップの中身がコーヒーでなく紅茶である点くらいだ。
最後はまあ、タニラ。
恐ろしいことにここでも画面を占拠しているのは数字、数字、数字。
カフェオレの甘い香りを纏いながらかたかたとコンピュータを操作する後ろ姿は、やはり清楚で美しいのだった。
美人というのは顔だけでなくて全身がそういう物質でできているんだろうか。
これがあの般若と同一人物だなんて、世の中はどこか間違っている。
「……何か用?」
「あ、いえ、べつにっ」
変な哀愁に浸っていたら般若が睨んできたので、そそくさと逃げる。
すると、ちょっと、とサイネに呼びとめられた。
「はい、これ」
手渡されたのは処理済みのデータを印刷したものだ。
「え、……えええ? だってまだ十分くらいしか経ってな──」
「だからすぐっつったでしょ。まだ転送機直ってないんだろうから紙で持ってきなさい」
「わー、ご丁寧にありがとう! でもなんでまだ直ってないってわかるの?」
「だって次のデータ来ないじゃない。あんたんとこの副官そんなに仕事遅くないし」
仰るとおりです……ヒナトは心の中でサイネに向かってひれ伏した。
もしかしたらソーヤよりできる班長かもしれない。
しかも副官も有能そうだし、秘書は美人でちゃんと仕事もできるときた。
一班は総合的に負けている。
秘書だけ見てもどうだろう。
部屋がきれいなのも片付いているのも、きっとタニラの仕事だ。
しかも淹れた飲み物もまともそうだ。
ついでに、胸もヒナトよりある。
少なくとも制服の上着の上からでも目視できるくらいにはある。
ヒナトなど上着を脱いでシャツになっても触ってみないとわからない程度でしかないのに。
(惨敗だな、こりゃ)
ちらりとタニラを覗うと、ふ、と小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
うわあ嫌味!
「あーっと、じゃああたしはこれで」
これ以上ここにいても、惨めになるか喧嘩に発展しそうだ。
ヒナトはそう悟って、書類を抱えたままきびすを返す。
だがドアノブに手をかけたところで、ぴぴぴ、と軽快な電子音がオフィス内に響いた。
今となっては懐かしい転送機の音だ。
一班から、今日の仕事はもう切り上げるという旨の連絡だった。
「あ、一班て今日は午前業務だったんだ。じゃあそれ持たせても意味ないか」
「へ? あ、言われてみればそうだったよーな……」
「あんた秘書なのに大丈夫?」
「う……あんまし大丈夫じゃないかも」
午前業務というのは仕事時間が半日だけで、午後からは自由時間に充てられている日のことである。
要するに就業時間が終わったので、たぶんもう一班のオフィスには人はいない。
でもって班のスケジュールを把握するのも秘書の仕事なのである。
……うん、今なら振り向かなくてもわかる。
タニラが憤りに震えてこちらを見ていることが。
そしてたぶん、秘書失格宣言が飛び出すのにそう時間がかからないはずだ。
「……なんで、なんであなたみたいな子がソーヤくんの秘書なのよ! 絶対に認めない!」
ほらね! 思ったより早かったけど。
「いや、そんなこと言われたって困るんですけど」
「だってそうでしょう? スケジュール管理もまともにできないような秘書なんて、ソーヤくんが疲れて倒れちゃうのも無理ないわ!」
「あ、あたしのせいだっていうんですか!?」
「違うの!?」
すごい剣幕でヒナトを罵ってくるタニラ。
ヒナトも負けまいと顔面に力を込めて応戦する。
そして幸か不幸か、ここには仲裁に入るべきリクウがいないのだった。
止めに入ってくれそうな人員はというと、ユウラは初めちらりとふたりのほうを見ただけで、すぐにコンピュータのほうに視線を戻した。
後ろで騒がれてもさほど気にならないらしい。
少しは気にしてほしい。
サイネはコーヒーを飲みながら試合の行く末を見守っている、ように見える。
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