第二班には女王様がいる

data_008:そうだ、二班オフィスに行こう①

 ソーヤはすぐにオフィスに帰ってきた。

 結局ヒナトたちにははっきりとした説明がなかったのだが、どうやら「しばらく普段どおりに生活させてようすを見る」ことになったらしい。


 最初は心配の拭えない補佐官ふたりだったが、肝心のソーヤ本人が何ごともなかったかのようにぴんぴんしているので、そのうちあまり気にしなくなっていた。


 よくよく考えてみればソーヤという男は疲労とかストレスとかには無縁である。

 少なくとも、ヒナトにはそう思える。


 とにもかくにも班長様のご帰還に秘書ははりきって、今日も仕事に精を出す。


「あ、そういやワタリ」

「うん?」

「俺がいない間の処理、全部やってくれたろ? サンキュ」

「あーそういやそうだったね。ほんと疲れたよーだからもっとねぎらってよー」

「……はいワタリさんねぎらいのお茶です」


 芳しくない表情でお茶を受け取ったワタリは、やっぱり一口だけ飲んだだけで、さっさと脇に置いて仕事に戻った。

 コンピュータに渋い顔が映り込んでいるのには、気づいているのかいないのか。


 悪いことしたかなとヒナトもちょっと反省する。

 とはいえ、羨ましかったのだ。

 ヒナトはソーヤにお礼を言わせたことなど一度もない。


 毎日お茶汲みをしているというのに、一言くらいないものか。


 いや、もちろんまずいまずいとは言われ続けているが、できたらそれ以外で。

 どんなにまずいコーヒーだってこっちは丹精込めて淹れてあげているのだから。


 例えば、いつもありがとう、とか……やっぱり無理か。


 実際のところ、ワタリはたしかにあの日の仕事をヒナトやソーヤの分までひとりでやってくれた。

 それにはねぎらう価値があると思う。

 あとその能力を少し分けてほしい。


 ヒナトにはとくに功績もないのだ。

 しいていえば動転して仕事はできず茶も淹れられず、看病しようと思って医務部へ行けばタニラと言いあいになり、しまいにはリクウに宥められた。

 おしまい。

 ねぎらわれるどころか叱られるべきだ。


「あとヒナ」

「え?」


 落ち込もうかと思ったら声をかけられる。

 まさか、何か褒めてもらえることが?


 ヒナトの期待ゲージは一気に上昇していく……だが。


「医務部では静かにしろよ。他に病人とかいたら迷惑だからな」

「……はい、反省してます」

「あとタニラと喧嘩すんのも控えるように」

「それはあっちに言ってくださいよお」


 ずどーん、と音を立てて期待ゲージが撃沈した。

 いや期待した自分が馬鹿だったのだ。


 それにしたって、どうしてソーヤはタニラにそうも甘いのだろう。

 仲がいいからだろうか。えこひいきだ。


 ワタリがこっそり笑っているのが見えて、余計に癇に障る。


 だがまあ、ここでへそを曲げてもしょうがない。

 どうにかばっちり仕事をこなして見返してやろう、とヒナトは若干無茶な発想をしつつコンピュータに向きなおる。

 見返せるほど大層な仕事がないことはこの際気にしない。


 班長から処理済みデータが帰ってきた。

 今度はこれをまとめて他の班に回せばいいようだ。


 任意のボックスに移して、転送ボタンを押す。


「え」


 ぷすん、と転送機(名前はマリア、ヒナト命名)からあり得ない音がした。



・・・・・+



 そういうわけでヒナトは内心しくしく泣きながら、印刷した書類を抱えて階段を降りていた。

 ソーヤがマリア、いや転送機を直している間にこの書類を二班のオフィスに届けるのが、今のヒナトに課せられた任務である。


 二班といえばタニラが秘書を務めている。

 どう頑張っても顔を合わせないわけにはいかないだろう。

 でもってわざわざデジタルデータで送ればいいものを運びにきたいきさつを聞かれるだろうし、そうなれば失態も明らかになるというものだ。


 どうせまた、あなたはソーヤくんの秘書としてふさわしくない!とか言われるに違いない。


 むろん勝手に言わせておけばいいのだが、ヒナトもついむっとして言い返したくなるから困る。

 さっき喧嘩はするなと言われたばかりなのに。


「こんにちはー」


 おそるおそる二班のオフィスのドアを開ける。

 そういえばいつも給湯室に行くときに前を通るが、扉に擦りガラスを使っているので中を見るのは初めてだ。


 ふわり、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。


「はーい……って、なんだ、あなたか」

「なんだって……あの、もしかしてあたしの名前知らないんですか?」

「呼びたくないだけよ」


 そうですか。そんなに嫌いですか。


 二班のオフィスの構造も、だいたいは一班と似たようなものである。

 だが、整理整頓や掃除はすみずみまでゆき届いていて、漂っているコーヒーの香りさえヒナトの淹れるそれとは明らかに違う芳醇さ。


 加えてヒナトから書類を受け取ったタニラは、なんと自分でそれを処理し始めたのだから驚いた。


 班長とか副官とかの指示は仰がなくていいのだろうか。

 そしてここでは秘書もそういう仕事をするか。


「で、なんでデジタルじゃないわけ」


 くるりと椅子を回転させてヒナトに尋ねたのは、ここ二班の班長であるサイネ。


 ウェーブがかかったあずき色のサイドテールは地毛だ。

 世界各国の素材からなるソアの外見が国籍不明なのはとくに珍しいこともないが、それにしてもサイネの浅黒い肌色とこの髪色は、鋭い眼光も相まってなかなかの威圧感があると思う。

 しかも金色の虹彩で釣り目なので、ほんとうに眼が光って見える。


 一方、隣でコンピュータに向かっている副官のユウラはちらりとも視線をよこさない。

 タニラと同じく薄い髪色に、瞳は若葉色。座っていてもわかるほど脚がすらっと長い。



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