第29話【幕間】ブリングの失態

 地底竜の討伐――誰も成しえていない偉業を達成し、世界に再び【星鯨】の名を轟かせようと目論んだブリングであったが、その狙いは儚くも砕け散った。


 だが、この結果は必然と言わざるを得ない。

 ブリングや幹部三人は己の力を過信し、ろくな装備や情報もなく、ただ数だけを集めて挑もうとしていた。彼は地底竜にかけられている報酬をエサに冒険者たちを集め、彼らに店で適当に購入した武器を与えると、そのまま雪崩れ込むようにダンジョンへと突入していく。


 結果――待っていたのは最悪の結果だった。


 まず、地底竜の生態を理解していなかったため、出鼻を挫かれることになる。

 というのも、地底竜は触れるだけで肌を焦がすほどの高熱を宿しており、近づくだけでも痛みを感じるくらいであった。

 それだけでも厄介なのだが、さらにブリングたちを困らせたのは地底竜の大きさだった。

 当初、彼らは竜とは言いつつも地底に暮らしているわけだからそこまでのサイズはないだろうと踏んでいた。


 だが、実際に地底竜が生息している場所はダンジョンとは思えないくらい広い空間となっていたため、体長も十メートル以上はある巨体だった。

 これにより、臆した冒険者の多くが逃げだす事態へと発展。

 しかし、それだけは許さないブリングは「逃げだすならばどうなるか分かっているんだろうな?」と脅しをかけ、無理やり冒険者たちを戦いの場へと押し戻した――が、すでに戦意をごっそり削がれた者たちでは到底相手にはならず、返り討ちに遭うばかり。


 しまいには手が付けられなくなるほど暴れだし、危険を感じたブリングや幹部の三人は真っ先にその場から逃げだしたのである。


 指揮系統が乱れたまま取り残された冒険者たちのその後は、悲惨のひと言に尽きる。

 無計画で無鉄砲な討伐クエストはあり得ないほどの大失敗に終わり、最後まで自己保身に走ったブリングたち――その代償は高くつくこととなった。



【星鯨】の失態はすぐさま広まり、評判はガタ落ち。

 あくどいやり方で冒険者たちを集めていたことも発覚し、ブリングたちはとうとう拠点としていた町にいられなくなってしまった。


「クソが!」


 新しい町の宿屋の一室で、ブリングは購入した新聞を読み終えると怒りに任せて床に叩きつける。


「まるで俺たちがすべて悪いみたいな書き方をしやがって……討伐に失敗したのは俺たちの足を引っ張った雑魚どものせいだろうが! ヤツらがもっと戦力になっていたら、あっという間に討伐できたものを!」


 ブリングの怒りは収まらない。

 自分たちに非はない。

 悪いのは弱くて役に立たなかったボンクラ冒険者ども――それが彼の主張だった。

 当然ながら、そんな考えが世間に通じるはずもなく、ブリングも自分たちの力を過信し、舐めてかかったという気持ちが心のどこかにわずかながら存在しているため、公の場で語ることなかったが。


 一方、他の幹部三人は怒り狂うブリングを冷めた目で見つめていた。


「……それで?」

「ああ!?」

「これからどうするんだ?」

「知るか!」


 バランカの質問に何も答えないまま、ブリングはベッドへ横になる。それを見て、三人は同時に大きなため息を漏らしてから部屋を出た。


 その後、リーダーを抜いた三人で話し合いをしようと、バランカはネビスとアリーを自身の部屋へと招いた。


「正直、これからもあいつについていって大丈夫だと思う?」


 そう切りだしたのはアリーだった。

 これに対し、ネビスがすぐに反応する。


「わたくしは問題ないと思いますわ」

「意外だな……どちらかというと、おまえが真っ先に見切りそうだが」

「まあ、損得勘定だけで言えばこのまま彼についていくのが不安というアリーの気持ちも分かりますわ。――ですが、それはあくまでもこの近辺での話」

「? どういう意味?」

「ダンジョンは世界に腐るほどありますし、それにともなってギルドの数も少なくはない」

「っ! なるほど……いっそパーティーの拠点を別大陸レベルに移り変えてやり直すっていうのも手だな」


 バランカの言葉に、ネビスはゆっくりと頷いて答えた。


「その通りですわ。わたくしたちには他の冒険者たちよりずっと力がある……それはどこへ行っても変わりませんもの。新天地で名をあげればいいだけですわ。――それに、ブリングのようなタイプが矢面に立ってくれるのなら、わたくしたちへの被害も薄れますわ」

「あぁ……そういうことね」


 何事においてもマウントを取りたがる性格のブリングは、本人にその気はなくても人から恨みや妬みを買う傾向にある。

 もし、新天地でも地底竜討伐失敗のような事態に陥ったら、リーダーであるブリングに責任を押しつけて自分たちだけは被害者として助かろうとネビスは画策していたのだ。


 そのためには自分ひとりではダメ。

 どうしても協力者の存在が必要となる。

 ネビスはその協力者にバランカとアリーを選んだのだ。


「いざとなれば、わたくしたち三人で再出発をすればよいのですわ。それまでは彼の影で甘い蜜を吸わせてもらうとしましょう」

「名案だな」

「ついでにいただけるものはいただいちゃっていきましょう」


 欲でつながる三人――だが、事態は彼女たちが思っているよりもずっと悪い方向に進んでいくのだった。

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