第25話 始まる学園生活

 リゲルはさすがの順応力を見せてくれた。

 本人に意欲があるというのも大きいが……やはり、もともと高い資質を持っていたっていうのが一番の要因かな。正直、冒険者にしておくのはもったいない逸材だ。


 そう考えると……彼のような生い立ちの子どもたちの中には、きっと凄まじい才能を持った若者も多いのだろうなと思う。


 これについては俺だけが感じているわけではなさそうだ。キュセロ学園長やスミス副学園長は、リゲルの存在を知って何か思うところがあったらしく、何やら動きだしているとサラから教えてもらった。


 不幸な子どもがいなくなるのは喜ばしい。俺でも何か力になれるのなら、ぜひとも協力させてもらいたい――情報を提供してくれたサラにはそう返しておいた。


 そして今日……ついにリゲルは初登校の日を迎える。


「では、そろそろ行ってきます」

「おう」


 初めてダンジョンへ入った時よりもリラックスしている様子……まあ、もとからあまり物怖じしない性格だったが、学園はモンスターのはびこるダンジョンと違って命を狙われるような事態にはならないだろうから、そういう精神的な余裕はあるのだろう。


「早く馴染めるといいのだが……」


 編入生であるリゲルに対し、レオン・アスベルのような感情を抱く者も少なからずいるだろう。

 打ち解けるには時間を要するはず……でも、せっかく同じ学園で学ぶ仲間同士。仲良くやっていってもらいたいな。


「――っと、こっちはこっちで仕事をしないと」


 とりあえず、いつも通りに寮周りの掃除から始めようと、道具を取りに小屋へと戻ってみたら、


「にゃ~ん……」


 寝起きのラドルフが唸っていた。

 その視線の先には――新聞?


「何を読んでいるんだ?」

「……見て分からないのかニャ? 新聞にゃ」

「文字が読めるのか!?」

「失礼にゃ! 吾輩は誇り高き使い魔にゃ! 文字くらい読めて当然にゃ! それより朝ごはんをくれにゃ!」


 あっ、そうだった。

 最近は普通に会話をしているのであまり驚かなくなったけど、この猫は学園長からの使い魔だった。曰く、俺の監視役らしいが……どちらかというとアドバイザーっぽい。そもそも、監視役が監視対象に飯を作れと要求するあたりおかしな話だが。


「何か面白い記事でもあったか?」


 朝食を持っていきつつ、世間話を投げかけてみる。

 これに対し、


「世界情勢がアレな感じにゃ」


 と、ふんわりとした返答をよこしたラドルフ。

 やれやれと肩をすくめながら掃除に行こうとした時だった。


「うん?」


 ふと、新聞に書かれているある記事が目に留まる。


「どうしたにゃ? サボりにゃ?」

「いや……ちょっと失礼」


 俺は新聞を手に取り、記事へと目を通す。

 タイトルは――『冒険者パーティー【星鯨】が地底竜の討伐に失敗』とある。


「地底竜……ブリングたちは地底竜に手を出したのか……」


 おまけに失敗したとある。

 ……でも、妙だな。

 今の【星鯨】の戦力ならば、地底竜の討伐くらいできそうなものだが。もちろん、抜かりなくアイテムを揃え、対策を講じておかなくては厳しいだろうが……もしかして、そこを怠ったのか?


「何を熱心に読んでいるにゃ?」

「ああ、えっと……ちょっと前職にかかわりのある内容だったんだよ」

「前職? 冒険者の記事かにゃ?」

「そういうこと」


 会話をしながらも、視線は記事から離れない。

 これによると、ただの失敗というわけではなく、かなりド派手にやられて帰ってきたみたいだな。味方に多くの負傷者が出ているようで、リーダーであるブリングの判断ミスが招いた最悪の結果と書かれてある。それ以外も、パーティーの迂闊な行動に対する酷評がびっしりと書かれていた。


「随分と記者から恨みを買っているようだな……」

「その記事に載っている冒険者と知り合いにゃ?」

「まあね」


 俺の前職が冒険者というのは知っていても、ここに書かれている【星鯨】のメンバーだって情報はないらしい。


 それにしても……ただの失敗なら、ここまで大きく報じられることもなかったのに。よりにもよって幹部連中が多くの仲間を置き去りにして逃げ帰ったって書いてある。


 この行為がバッシングの根源というわけか。


「ふぅ……」


【星鯨】の名前を見たのは久しぶりだったが……胸焼けしそうな内容の記事だったな。

 一度落ちた評判を取り戻すのはなかなか大変だけど、ブリングは何か手を打って――いるわけないか。


 ……ダメだ。

 追いだされた前の職場のことを考えると気分が沈んでくる。

 そろそろ朝の作業へ取りかかろうとイスから腰を上げた瞬間、小屋のドアをノックする音がした。来客らしい。


「はいはい」


 小屋のドアを開けると、そこに立っていたのは柔和な笑みを浮かべる中年男性。

 この人は……挨拶回りをしていた際に顔を合わせたな。

 確か、リゲルやフィナたちがいる二年生の学年主任で――


「シモンズ先生?」

「おや、もう名前を憶えていただけているとは、光栄ですな」


 絵に描いたような紳士的対応を見せるシモンズ先生――けど、学年主任の先生が、なんだって俺のところに?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る