第18話 逃亡劇
ノリス先生から教えてもらった不審者の情報。
彼の語る相手の特徴に対し、俺は心当たりがあった。
そういえば……リゲルとはまともに別れの挨拶もないままだったな。まあ、問答無用って感じに追いだされたから、そんな暇もなかったのだけれど。
まあ、まだリゲルと決まったわけじゃないので、とりあえずその不審者とやらの拘束を手伝うことに。
建物の屋根を移動しているということだったが……
「あっ! あそこに!」
サラが指さす方向には、確かに人影らしきものが。
しかし、ここからでは遠くて顔がよく見えない。そうこうしていうちに、人影はこちらの視線に気づいたのか、またしても逃亡。
「これじゃあ埒が明かないな……」
恐ろしく身軽で、おまけに素早い。
あれほどの身体能力を持った者を拘束するとなると、行動を先読みする必要がある。
……ただ、不審者の行動にはひとつ疑問があった。
「なぜ、ヤツは学園の外へ逃げないんだ?」
「えっ?」
「屋根の上を移動すればそうそう捕まらないだろう。……だが、俺たちをかわして学園の方へ行くわけでもなく、この場にとどまり続けている」
「じゃ、じゃあ、相手の目的は……」
「この学園街にあるか、或いはまったく別の目的があるのか……」
少なくとも、学園に用事があるわけではなさそうだ。
いずれにせよ、早急に捕えなくては。
俺とサラ、そしてノリス先生の三人で不審者を取り囲もうと作戦内容を話し合っていた時だった。
「何やら騒がしいですね」
やってきたのはミアン様だった。
「ミ、ミアン様!?」
「そこまで驚かなくてもよいのでは? ……それより、管理人さんにひとつ言っておきたいことがあります」
「な、なんでしょうか?」
「学園にいる以上、私に対してはあくまでも学生として接していただきたいのです。そのミアン様という呼び方や敬語での振る舞いも控えていただきますように」
「え、えぇっとぉ……」
理屈はそうなんだろうけど……何せ、公爵家のご令嬢だからなぁ。しかし、サラやノリス先生はその辺の線引きがキチンとできている……俺も見習うべきだな。
「分かったよ、ミアンさん」
「……まあ、それならよいでしょう」
さすがに呼び捨てはできないので、「さん」づけで勘弁してもらおう。
――さて、話を戻して……屋根の上で逃亡を続ける不審者への対応についてだ。
本来であれば、このような危険を伴う事案に公爵家令嬢であるミアンさんも巻き込むのは避けたいところではあるが、本人たっての希望により急遽参戦することとなった。
とりあえず、ここまで判明している情報を伝えると、
「なるほど……学園に侵入するわけでもなく、この学園街にとどまっているわけですね」
小さな顔に細い指先を添えて、ミアンさんは何やら考え中。
だが、そうしている間も周囲からは「あっちだ!」とか「捕まえろ!」とか、逼迫した現場の状況が聞こえてくる。
「闇雲に追いかけ回しても無駄か……」
「しかし、相手の体力は削れるぞ」
「消耗戦というわけですね……」
相手はひとり――しかも、先ほどの人影から体の大きさを割り出すと、まだ成長途中の子どもという印象を受けた。
それに対して、こちらは数十人単位で追跡している。
学園からの増援もあれば、メンバーを交代しながら不審者を追い込めるだろう。
そんな攻防が続いているうちに、とうとう大きな動きが。
「気をつけろ! ヤツが屋根から落ちたぞ!」
学園職員のひとりが叫び、振り返る。
すると、追いかけられていたと思われる人物が俺たちの前方約十メートルのところで倒れていた。恐らく、疲労から足を滑らせて屋根から転落し、負傷したのだろう。
「まさか……死んだのか?」
「いえ、出血している様子はありませんから、すぐに立ち上がると思います」
ノリスさんが言ったように、俺も最初はあの高さから落下すれば無事では済まないだろうと予測していた――が、何やら嫌な予感がしてそれを否定する。
……どうやら、俺の嫌な予感は的中したようだ。
不審者はすぐに立ち上がると、すぐにその場から立ち去ろうとするが、
「リゲル!」
思わず、俺はその名を呼んだ。
突然俺が叫んだことで、サラもノリス先生もミアンさんも驚き、こちらへと視線を注ぐ。
――驚いたのは三人だけじゃない。
名前を呼ばれた不審者もまた足を止めていた。
そして……
「し、師匠?」
こちらを真っ直ぐ見つめる少年――その全身が明らかとなる。
灰色の髪。
褐色の肌。
そして見覚えのある顔立ち。
……間違いなくリゲル本人だった。
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