愛猫

「にゃー」

 家に帰ってくると玄関で子猫が出迎えた。


「私で良かったの?……良かった、よね」

 猫に話しかけたのか、自分にそう言い聞かせたのかもわからないまま紬は子猫を抱えた。


「もう家の子だから、名前つけないと…」


 ピーンポーン


 そんなことをふと考えていると、家のチャイムが鳴った。


「紬〜」

 扉を開ければ、部活帰りの杏奈がそこにいた。

 タオルでかいた汗を拭き、いつもの杏奈がそこにはいる安心感で少しほっと一息ついた。



「で、どうしたの?」


「例の猫ちゃんを見に来たのー」


「弟アレルギーなのに大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫〜」


 子猫が心配そうに紬を見つめてきたのでそっとその毛に触れた。

 そのまま子猫を抱いて杏奈に見せた。


「かわいいい!」

 子猫に顔を近づける杏奈はあまりにも近いものだから、子猫に視線を外された。




「そう言えばね!子猫飼ってくれそうな人見つけたの。今度会いに行かない?」

 ふとした疑問を口にした杏奈に紬は視線を彷徨わせる。


「いや、遠慮しとこうかな」



「え?あんなに探してたのにいいの?」


 杏奈は目を丸くして驚愕した。

 それもそのはずだ、紬があんなにも時間を費やして子猫の里親を探していたのにも関わらず、こんないい話を逃して大丈夫なのかと不安がっていた。



「うん、いいの。この子は家で飼うことに決めたの」


「そうなの⁉…なら断っておくねー」


 表情をコロコロと変え、杏奈は子猫を一撫でする。



「うん、お願い」


「じゃあ、そろそろ私はお家に帰るとするかなー」


 くるりと方向転換し、杏奈は扉に手をかけてそう言った。


「うん、じゃあまた」


 紬は空かさず手をふって玄関でその姿を見送った。

 右腕で抱えた子猫に目をやり、少し悩ましいことだ。



 ―名前


 それは名を呼ぶ時に必要不可欠なものだ。

 人間が生きていく上で名を呼ばれない人間はいないだろう。


 だが、今回に関しては子猫、動物だ。

 野良の場合は名前なんて定まることも少ない話だろうし、そこまで拘る必要もない。

 と、その時の紬は考えていたのだったが、脳裏にこの子の母親の姿が浮かんだ。




「せっかくならつけないとね」


 スマホで名前、可愛いというキーワードで込まなく調べた。

 この子猫は女の子らしいのでどうせなら可愛らしい名前をつけてあげようと、紬はスマホとにらめっこしながら検索を重ねた。


 特にぴんとくる名前も出てこなかったので、開いて1時間後にスマホの電源を切り、眠りについた。




 ―翌朝


「ニュースです。昨晩、農家の柚が盗まれる事件が起きていました。犯人は監視カメラがとらえており、警察は捜索を続けています」


 そんなニュースがテレビにうつされている前で子猫はニュースキャスターの顔をぺたぺたと押し付けている。



「…なにしてんの?…柚……?ゆず?ゆずって中々いいんじゃない!」


 何処かぴんときた紬はテレビ画面を指差し言った。

 これだけテレビに感謝したことはないだろう。

 紬の中で何かがびびっときて、ゆずのという名前に決めたようだ。

 これに関しては彼女にしかわからないが、とにかく感謝しているようだった。



「ゆず」



「にゃー?」

 紬が子猫の名を呼ぶと、ゆずは振り向いて鳴いた。



 ―これからこの子猫の名は「ゆず」



 悩んで今朝のニュースを見て閃いたため、紬はさくっとこの名前に決めた。

 あんなにも頭を抱えたのならば、母親の名も聞いておいてそこから似た名にでもすれば良かったと、少しばかりの後悔いや、安心まじりのため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る