君の傍で、隣で眠る。

 -数時間後


「紬!どこいってたのー」


 紬の肩を揺すぶる杏奈が頬を膨らませた。



「ちょっと、お腹痛くてー?」



「そっか!今は大丈夫なの?」


 下手くそなウソにまんまと引っかかる杏奈はやはり天然なのだろう。




「今は…うん、大丈夫だよ。それより杏奈、猫いらない?」


 今保護している子猫の話題を杏奈に振る。

 あれこれしている内に猫の幽霊から子猫のことを頼まれて一週間が経とうとしていた。



「猫?紬が飼い主でも探してるの?」


「うん、今はうちに居るけど飼い主探してる」


「うーん…弟が猫犬アレルギーなんだよね。ごめんねぇ」



 そのあとも友達を巡って尋ねていったのだが…


「猫苦手なのよねー」

「うちには犬いるから子猫はね…」

「アパートだからさ」

「アレルギー……です」



 中々いい返事は貰うことができなかった。



『紬さん、何をお探しですか?』


「保護している子猫の飼い主を探してるの」




『猫ですかー猫…猫…猫…?そういえば、紬さんを探してる猫とこの前会いましたよ』


「あ」

 もしやと思い返してみると、紬の家すらあの猫には教えていなかったのを思い出した。


「そのこ…連れてこられる?」





 キーンコーンカーンコーン


 帰りのチャイムが鳴った時、紬が屋上に向かうとあの猫が待ち構えていた。



『お伝え忘れ、申し訳ございません…』


「うんん、いいの気にしないで。それより、あの子は見つかった?」



『申し訳無いですが、手がかり一つ…』


 猫はこの街中を込まなく回った。

 路地裏や、人通りの少ない小道も。

 だが彼女の情報も掴めず、彼女を見つけることすらできずにこの一週間は過ぎ去った。



「いいのよ、私も飼い主を見つけることができなかったものだから。中々難しいものね…もうなんとなくわかっていたわ」



『……』


 猫は辛辣そうな顔で紬を見上げる。

 自分が力になれなかったことに少しばかり心苦しそうだ。



「仕方ないの。私も飼い主さんを探さなきゃ、まだまだこれからだし」



『名前をお聞きしても?』


 突然、紬に名を尋ねてきた。

 今更ながらだったので少し照れくさかったが、猫の方はとても真剣な眼差しであった。



「え、紬…如月紬」


 唐突な猫の質問は「名」についてだった。

 初対面でもない相手に後々こんなことを尋ねてどうしたものか、そう紬が考えるよりも早く猫は口を開いた。




『勝手ながらわたくし、如月さんに娘を託したいと思います』


 猫は最後の決心し、見上げた。

 その言葉は何処か力強く、何処か邑楽かだ。



「前々からそう考えていたの?」


『えぇ、』


 計画的な行動をしていた。

 猫は紬とあの日別れたあとは頭をフル回転させ、予想と推測を立て、紬がどんな人間なのかも把握しているようだった。


 冷静な紬はただこくりと頷いて、想定内の出来事に動揺の一つすら見せない。

 紬も実は少し読めていた。

 こんなにも責任感の強い猫が軽々と人間が決めた里親に娘を譲るとは思いもしないだろう。

 紬は自分が試されていたことを改めて実感したと同時に、この幽霊猫の賢さも思い知らされた。


「貴方の未練はこれだったのね、薄くなっている」

 紬がそう言い終えた頃には猫の幽霊は霧のように薄くなっていた。

「もう言い残すこともない」そんな言葉が紬には黙ったままの猫の最後の言葉のように伝わってきた。

 紬の脳裏には子猫の姿が浮かび上がった。

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