第三章

親子

「紬って部活入らないのー?」


 杏奈が紬へそう尋ねた。

 だが、紬は決して入部しようとはしなかった。

 この杏奈の言葉は聞き飽きるほど耳にしたものだし。


「何度も言っても入らない。何でそんなに部活を進めるの?」


「そりゃ入部して欲しいからだよ!……陸上部に!!」

 両手をぎゅっと握り、目を輝かせて頼み込む杏奈地味にしつこく、ゴリ押しでも部活をしてもらいたい様子だ。


 杏奈がそうしつこくするのにも勿論理由がある。

 それは紬が運動という面でも恵まれているからだ。


 中学の頃から体育の成績はオール五。

 実は紬、運動もできれば、勉強もできる非の打ち所がないような人間なのであった。

 勉強時間は他と比べて半分以下、塾などにも通ったことは一度っきりも無ければ、家で勉強をするわけでもない。


「わざわざ放課後にまで走るとかめんどい」


「じゃあ、吹奏楽部は〜?」


「何で吹部?」


「お母さん吹奏楽だったんでしょ!なら紬も似合うんじゃないかなーって思って」


「何その考え……でも」

 呆れながらも、何かを考えるかのように一度紬は黙り込む。

 右耳からは吹奏楽部の楽器たちらしき音が聞こえてくる。

 まるで悩む紬を勧誘しているかのように。


「体験だけ、行ってみようかな」


「お!珍しい!先生に伝えに行こうよ〜」


「うん」





 ―翌日

「初の部活体験いってらっしゃい!」

 杏奈に背中をぽんと押された紬は音楽室の扉を横にスライドさせ、中へと入っていった。






 ―そのまた翌日

「どうだった!?」

 期待で胸を膨らませる杏奈。

 だが、紬はというと……


「やっぱ嫌」

 部活は紬は相性が良くないようだ。











『紬へ。お父さん、今週の土曜日に休みがとれたので紬と出掛けたいと思っています』

 帰宅した紬には一枚の紙切れが目に入った。

 普段忙しい父、充孝と一緒に出掛けることができると思うと、紬は心が弾む。

 気分が良いのでついで学校の荷物を置き、エコバックを片手にスーパーへ出掛けた。


「あっつ…」

 思わず声に出てしまうほどに暑い。

 年々温度が上がったいくこの地球に飽き飽きする。

 こんなんなら、オーストラリアかなんかの寒い国なんかで暖かくして過ごしたい。

 紬は夏より冬派なので寒さに関しては他より強いのだ。


「ずっと冬でいいのになぁ…」

 一人でそう呟いている間にスーパーに到着した。

 中へ入るとレジが長蛇の列で溢れていたのが目に入る。

 確か今日は卵や肉、野菜の全般の特売日だった、そりゃあこんなに人も集うだろう…


「合計2107円になりま〜す」

 店員が買い物カゴから商品を取り出し、素早い動きで、レジを通していく。


「2500円からですね〜………おつりの393円です!」

 2500円を差し出すと、カゴとおつりが返ってきた。

 エコバックに商品をまとめ、直様スーパーを後にする。

 あんな人混みからは脱出したいので、思うように買えていないが仕方がない。

 それでも量は決して少なくはないが。


 若干ぱんぱんになったエコバックはずっしりと重く、足取りも重く感じる。

「お・も・い」

 牛乳が原因だろう。少なくとも3本は入っているのだから。


「にゃー」

 のしのしとゆっくり目のペースで歩いていると、「この子あげます」と書かれた箱の中から鳴き声が紬の耳には聞こえてきた。

 恐る恐る箱の蓋を開けると、猫と子猫がじゃれ合っているように見える。

 2匹とも毛の模様が似ていたため、おそらく家族だろう。


「捨てられてる…?って痛い…」

 取り敢えず、飼い主の元へ返すのは困難と考え、猫に触れようとするが、猫は紬の手ひっかき威嚇した。

 傷口からは血が流れてきた。


「子猫の方が警戒心低いとかないかな」

 子猫の方にも触れようとしたが―

「触れれない…これってもしかして」

 ―猫の方は幽霊だ


『にゃーにゃー』


「え、この子を助けてください?……ってなんで私、言葉がわかるの…おかしい…」

 猫の鳴き声が、人間と同じ言葉のように紬には聞こえた。

 今日はもう、浮かれすぎて色々疲れているのかもしれない。


 そう考えて、この場を立ち去ろうとしたその時。


『聞こえていらっしゃいますね?わたくしの言葉が』

 この言葉は完全に人間と同じ言葉ではっきり聞こえた。

 完全に聞こえてしまった。

 見て見ぬ振りはもうできない。


「うん、聞こえてるけど……どうしたの?」

 周囲を見渡し人がいないのを確認してそう尋ねる。

 流石に猫に話しかける女子学生がいたら問題ちゃ問題だし、異常すぎる。


『先程もお伝えしました通り、助けていただきたいのです。私の娘を』


「助けるって?」


『単純です。この子の家族を見つけて欲しいのです、お願いします。何年かかろうが構いませんのでこの子を幸せにしてください、どうかどうか…』

 猫は子猫を見つめたまま、辛そうな顔して初対面の相手の紬のに自分の娘を助けてほしいと頼んだ。


「うん、いいよ。けど条件付きよ」


『何でしょうか…』

 猫は不安そうに紬の答えを待つ。

 猫は子猫のためなら何でもしようと言いた下げな顔つきだった。

 覚悟が決まっている。


「私がその子の家族を見つけるまでの間に「桜」という少女を見つけ出してほしいの」


『その方の情報を教えていただければ、勿論お探しましょう。これはわたくしにしかできないことですものね』


「桜さんはセーラー服を着てて、大人びた印象の子。楽器をよく吹いてる」


『わかりました。その方を必ず探して参ります。そして娘のことですが、彼女は少しばかり人間不信でして…そこが問題点でもありますが、どうぞよろしくおねがいします』

 改めて頭を下げ、猫は本心でそう言っているのがよく伝わった。


「そうね…でも、取り敢えず探してみる。にしても、貴方は人間のことに少し詳しいのね」

 ふと思えば、今会話を交わしているのは猫。

 まともに会話できてる時点でおかしな話だ。


『死ぬ前までは人間の言葉すら理解できなかったですよ。死んで幽霊になってからたくさんのことを知ることができたんです、自然と知恵が与えられているような感覚で』


「そっか、猫たちは皆そうなのかな。じゃあ、私はここで」

 紬は慣れた手付きで子猫を優しく抱えると、先程の様子と変わって一段と大人しくなた。


『はい、わたくしも失礼します』

 二人はここで別れを告げ、この場を立ち去った。

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