死んでしまえ


「お父さんとは、久々だね」


「あぁ、にしてもあの子猫を留守番させておいて大丈夫だろうか…」

 今日は紬と紬の父で遊園地にやってきたのだが、充孝の心配性が発動した。

 昨日の預かった子猫を充孝には「捨てられていた子猫を拾ってきた。飼い主を探すの」とだけ説明し、飼い主が見つかるまで家で飼うことの了承を得た。


「大丈夫よ」


「遊園地かぁ……お母さんとぶりじゃないか?」


「うん」

 紬の父はかつて一緒に時を過ごした母の存在を思い返した。

 今はもう二度と会うことのできない母の姿を。


「よし!お父さん、今日は大丈夫かなー?目標は遊園地全制覇」


「望むとこだ。紬こそへとへとにならないように」


 二人は休みを待ち時間として利用し、ひたすらこの遊園地を遊び回った。

 時刻は三時過ぎ、ほぼアトラクションを制覇したと思われたところで充孝は休憩を挟んだ。

「そろそろ回り終わっただろう。お父さんはもう休憩したいからそこの売店でアイスでも食べておくかな」


「待ってお父さん、私も行きたい」

 充孝がすぐ近くの売店を指差し、向かったので紬も後を追った。

 のだが…


『パパぁぁ…!』

 迷子だろうか。8、9歳ほどの幼い少女が父を呼び、叫んでいた。小柄な身長に短髪の髪、真っ白なワンピースやリボンで上手く着こなしている。


 周囲の人々は誰も救いの手を差し伸べず、少女に目をやる素振りすらみせない。

 まるで少女がこの場にいないかのように。



 紬は何かを察して少女の元へ駆け寄り、顔を覗き込む。


「貴方、どうしたの?私にできるなら何か手伝うけど」

 普段の雰囲気とは違うもっと素っ気ない喋り方でそう尋ねる。生憎紬は子供が苦手でどう接するのが適切かもよくわかっていない。

 なので、紬は無意識に素っ気ない素振りになってしまう。


『めいのパパがいないのね、ここで待ってね約束言うこと守ってるのにね…ね』

 少女の名は一人称呼びから分かる通り「めい」という名のようだ。

 そこには何も引っかることは無いのだが、「ずっと」という言葉が少しばかり気になって仕方がない。

 そして、めいは自分が幽霊であることを自覚すらしていないようだ。



「貴方はお父さんを探しているの?」


『めいはパパとまた遊びたいのね。パパどこなの…』


「………めいちゃんの上の名前は…」

 そう紬が言いかけると、めいの曇った表情は紬の背後を見た瞬間、急に明るくなり始め…


『あぁ!!!』


「―?」

 紬は背筋が凍った。

 不自然な「ずっと」という言葉と、めいが幽霊という理由から父親が正常でないことは悟った。


「私…いかっ」


「お前、一人で何をしている」


「……!」

 後ろを振りけると、めいの父親らしき人物が紬をじっと睨みつけている。誰かに対して憤怒の気持ちを抱いているようなそんな表情で。


「おい、聞こえているのか?今、お前、めいって言ったか?」


「えっ……」


「俺はそう言ったのか聞いているんだ!!」


「……!言いましたが何か問題でも?」

 胸の中で怯えている自分を抑え、有機を出し切り父親を見下すような表情を紬は浮かべた。


「初対面に対して何だその態度は!!」


「初対面で相手をお前呼びのほうがよっぽど態度が悪いですよ。めいと言ったから何なんですか。私が一人で呟いていて何か悪いですか。可笑しいのですか?」


「可笑しいに決まっている。何でお前があいつを知っている?何故ここの遊園地に着たんだ。子供だからってあの事件に触れさせない、警察だってもう来なくなったんだ!!」


「は…?」

 それは耳を疑うような言葉だった。

「殺した」と父親はそう言った。

 この遊園地で。


「ふざけるな!!!もう大概にしろ!!お前も、あいつらも何で子供が死んだくらいで…」

 紬は父親の逆鱗に触れてしまっても尚、無愛想な態度を取り続ける。

 ついには父親の叫び声で周囲の人々からの視線が痛い。だが、どう見てもこんな状況なのだから父親側が悪いと思われるが…

 そんなことを紬が考えている内に様子を見に来た充孝がやってきた。


「紬、これはどういうことだ。説明しなさい」

 充孝は紬に冷静な顔してそう言い放った。


「………」

 真面目な顔していつもの父と何も変わりはしない。

 そう安心しつつ平然とした表情でいると、あの父親は口を開いた。


「ほら、お父さんが困ってしまいますよ?何か言わないのですか?」

 紬の父の前では猫を被るその大人の姿に紬は酷く呆気にとられる。

 この雰囲気を壊し、自分は悪ではないと証明したいのだろう。



『パパ〜パパ〜何でこっち見ないのね?聞いてるのねー?』

 めいは必死になって父親の視界にうつろうとしている。そんな幼い体なのにも関わらず、自分の父親に気づいてもらうために賢明に…



「貴方はめい…さんの父親ですか?」


「は……あぁ。そうに決まってるよ。何が言いたいのかな?」

 彼は紬の父を前に少し猫を被った。


「本当に父親ですか?」


「そうと言っているじゃないか!!」

 急に怒鳴り超えを上げたせいで、周囲の視線が凍った。



「え…何よあの人…他人の子にあんなに怒鳴りつけて」

「怖いわねぇー…」

「離れましょ。関わらないほうが身のためね」

 あんなに落ち着いて穏やかな大人が子供に突如怒鳴り超えを上げている情景はどう見ても普通な顔してはいられない。


「父親ですか…そうですか、貴方はここでめいさんを置いて行ったんです。わざと…結果をわかっていながら!!!」

 先程の父親の声にも負けないほどの声量を発した紬は拳を力強く握りしめる。


「クソガキがっ」

 露にしたその怒りは表情と言葉に出てしまっていた。



『パパ何で怒るの…?約束守ってるって!!パパ!!』

 ただひたすら父を呼ぶめいはまだ状況が理解できずにいる。



「めいちゃん…」

 無意識にめいの名を父親の前で堂々と呟いてしまった。


「お前、だからめいが何だってんだ!!」


「置いていくようなまねをしたんですか?貴方だけには言われたくない言葉ですね」


「……!!!置いて行ったから何だ?今ここで口にしたって俺は捕まらないし、めいが喜ぶこともないんだよ!!金食い虫を捨てて何が悪い!!」

 先程とは似ても似つかぬ姿に遂げてしまった。本当に頭が狂っている。

 父親からすれば、知りもしない少女が解き明かされていなかった真実を、突如堀証に来たと考えると少し不可解な現象が起こっていると考えるはずだ。



 ついには真実を告げてしまった。



そんな腹立たしい父親の面に向かって―




「―あぁ、なら死んでしまえ」

 そう軽蔑した表情で紬は罵った。

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