その花の名を。

「桜…いい名ですね」


『貴方、探さなくて、いい?』

 桜は紬を心配し、フルートを置いて座りながら尋ねる。


「探しに行きます………さっきの心地よい音色でした、とても。また聞かせてくださいね」


『……えぇ、勿論よ』

 下を俯いたあと、紬を直視してそう言って微笑んだ。

 その笑みを浮かべた顔には涙が滲んでいる。

 彼女に出会ってはじめて見物することのできたその笑みは、泣きたくなるような虚しい表情に紬は思わず涙が溢れ出た。


『大丈夫、?』

 込み上げる涙とどうしようもないこの感情を抑えきれず、その場で泣き崩れる紬。

 不安げな表情を顔に浮かばせる桜は紬の顔を覗く。

 するとほっとした表情を浮かばせ、肩を下ろしてそう言った。

『―紬ちゃんなら大丈夫だよ――笑って』


「……!」

 突然の優しい言葉に、顔を上げて見るとそこには桜の姿がない。

 先程まであんなにも至近距離にいたというのに。


 こうして桜は花びらを舞い、散っていったのだった。

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