幸せを告げる花

「♬〜♬♫♪」

音楽室中に響かせるそのフルートの音は部活動生達を魅了させた。

今回のコンクールの出場者を決める重要なテストだった。

部活動生と顧問の教師たちは思わず唖然としてしまう。


「ありがとうございました」

一礼をすると、直様客席の方へと戻る。



―そして出場者発表の時

「今から出場者を発表する。まずフルートからは一人目、新井桜」


「桜ちゃんおめでとう〜」

「頑張ってね、ソロ!」

「流石、我らのパートリーダー」

誰もが予想した結果だった。

私の音を認めてくれたお陰でコンクールへの出場が決まった。

誰もが賞揚し、今回のコンクールには大きな期待を積もらせたのだったが………



「許可は出せません」

母は顧問と私へそう告げた。


「でも、お母さん。桜さんにとって今回のコンクールは最後ですし、ソロの役割を受け持っていますしどうか…」


「桜には受験があります。こんなことをしていて志望の大学なんか通る訳ありませんので退部届も出させていただきます」

顧問も頭を下げて了承を求めたが母の意思は固く、全く動じる様子はなかった。



「母さん……な、んで…」


「貴方には、貴方だけにはちゃんとした人間で生きてほしいのよ。我慢して」

その言葉を残して母は私の元を離れていった。


―何がこれくらいだ。

私にとっては卒業前の大事な思い出の一ページだったのにも関わらず、このような形で断念とは予想外で頭は真っ白になった。

ただひたすら悔しかった。

最後のコンクールの会場で自分の音を響かせることができない。

それがただひたすらに辛くて、悲しくて、悔しい。


「桜?」

下を俯く私を心配に思い、オーボエパートの真崎椎名が駆けつけた。


「どうしたの?先生に何か叱られたの?」

「………」

私は目を瞑ったまま首を横に振る。


「じゃあ、なんで…」


「コンクール………出れない」


「え……」

驚きを隠せない椎名は口に手を当てたまま固まる。

それもそのはずだった。

椎名は私と共にソロを吹く予定だったのだから。

コンクールのあの舞台でソロを披露するために時間を費やし、努力を惜しまずここまでやってきた。

だが、その道はいとも簡単に崩れてしまった。

その衝撃は二人には大きく、特に私はとても直ぐに立ち直れるほどではなかった。


私の退部の日はあっという間にやってきた。

あの日から三日ほど経っただろうか。

桜は大事であった三日、一日も部活に顔を出せないままこの日を迎えてしまった。


―学校に足を運びたくなかった

―皆に見せる顔がなかった

―羨ましかった


「先輩……」

涙で顔がぐちゃぐちゃになっている同じパートの後輩、この子もコンクールには出ることができないのだが、来年というチャンスが待ってる。私とは違う。


「桜ちゃんの分まで頑張るから…!」

クラスメイトでもあり、この部の部長。いつも私にないものを兼ね備えている。コンクールだってお似合いのサクソフォンを抱えて参加するようだ。私とは違う。


「新井、勉強頑張れ」

珍しく照れくさい言葉をかけるクラスメイトでもある男子。部活を辞めたいだとかそんな文句を吐き散らして、やる気を持たない。私とは違う。


私とは違う

私とは違う

私とは違う

私とは違う

私とは違う

私とは違う

私とは違う

私とは違う

私とは違う

私とは違う

私とは違う

―私とは違うんだ


―私には来年が存在しない

今回は泣いても笑っても最後だった。


―私はあの舞台裏にすら立つことが許されない

選ばれなかったとしても、部活を最後まで楽しむことができたのではないか。


―私は好んでここにいる

部活に行きたくない気持ちを少しばかり分けてほしいものだ。


不満、怒り、嫉妬心、強欲な気持ちが入れ交じり、複雑な気持ちになる。


-だが椎名は私とは違っても、とは違った

「桜、これ。受け取って欲しいな」

椎名は私にガラスのフルートを差し出す。

そのフルートは名の通り、ガラスでできたフルートで桜の模様が所々につけられている。


「………」

「そんなに不貞腐れないでよ〜私からのほんの気持ちだよ。これで練習するんだよ?」


「………」

私はこの日の椎名に言葉を返せなかったこと…いや返さなかったことを今でも後悔している。



なぜなら




あのフルートを貰った日に、フルートを一度も吹くことができないまま私は歩道橋から落ちて死んでしまったのだから

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