第二章

『〜♬♪♫〜』


 いつものように授業を紬は受けていた。

 そんなとき、美しい音色が授業中の紬の耳に届いた。

 何の楽器なのかは素人の紬では判別できなかったが、ただその音色に一瞬で惹かれてしまっているのだけはわかる。全ての入り混じった感情が込み上げてきそうになってくるような優しい音色。


 にしても、クラスメイトも、教師も全く反応すらしないのは何故だろうか。

 こんなにも優しく包み込むような音が流れていて、無反応というのはこのクラスに限って無いだろう。

 紬の脳裏に疑問が漂う。


「では今日の授業はここまでにしましょうか〜」


 先生の言葉と共に皆が席を動き始めたのでそれを確かめると、紬は杏奈の元へ向かった。


「ねぇ、杏奈」


「何ー?」


「さっき綺麗な音色が聞こえてこなかった?何の楽器かはわからないけど…」


「え?なにそれ〜私も聞きたかった」


 やはり……

 紬もこれからこんな不思議な出来事にも慣れてくるのかもしれない、予感がした。

 この音色の正体も「幽霊」に関係しているのだろう。





「叶羽ー叶羽ー?」


 叶羽を探しに、昼休みの時間を削って屋上へやって来ると、見知らぬブレザーを着た姿の少女が横笛のようなガラスの楽器を片手に外の景色を見ていた。


 後ろ姿しか紬の視界に入らないのでぱっとみ高校生三年生くらいだろうか。すらっとしたそのスタイルに、高めの身長はまるでモデルのようだ。


「あ、あの」


 腰を低くした紬が少女に近づく。

 少女は紬の声を耳にすると振り向き、目を丸くしている。


『貴方が?』


「えっと?何のことでしょうか」


『私、救う、助ける』


 ただひたすら単語を並べる下手な喋り方。外国人なのだろうか?でも容姿はハーフにも見えない日本人の顔立ちだ。


『私、生きていない、未練残る』


「幽霊ということですか?」


 紬が尋ねると大きく頷き、真顔でその青い瞳に見つめられた。

 変化の少ないその表情は動くことのない人形のようだ。

 この女性のことは何ひとつわからないのだが、この装いから高校生の幽霊ということだけは違いない。



「あの、叶羽っていう子を見かけませんでしたか?」


『私、その人わからない』


「そうですか、ありがとうございます」


 ぺこっと会釈すると紬は屋上を後にしようとしたのだが、彼女が楽器を構えている姿が目に入ってしまい、足を止めた。


『♪♫♬〜♬』


 何の曲だろうか。

 聴いたこともない曲なのにも関わらず、何処か懐かしくビブラートのかかった美しい音色が耳にとまる。

―この曲は一体


「名前、なんて言うんですか?」


 演奏を終えた瞬間、紬の口から無意識にその言葉が出ていた。


―彼女の名を尋ねたのか

―楽器の名を尋ねたのか

―曲の名を尋ねたのか


 それは紬自身もわかっていなかった。


一瞬口元を緩ませると、紬を直視して言った。

はな

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