第271話 宗主園
喜び勇んで辿り着いた村には誰も人がいなくて唯一いた老女から聞けたのが、俺の事を宗主と呼んで、村人がいない理由が宗主園というものと関係してる事だった。
「宗主園とは何ですか?」
「それは宗主様のお創りに成られた水で覆われた畑に御座います」
水田の事か、でもそれお創りに何てまるで神が創造したかのように言われるのはむず痒いな。宗主と言われるのもかなりきついよ。宗主って確か
本家や家元の長。本家のあととり。
中心として尊ばれる人。
諸侯の上に立って支配する王侯。盟主。
だったと思う。前世で一時はまっていた韓流ドラマの影響で韓国の名前や結婚制度を調べた時に出てきたのが宗主だった。この世界での宗主がどういう意味かは分からないが、似たようなことだから俺にそう聞こえてるということ。
盟主なんて思われてるなら、転〇〇の大森林の盟主を思い出すから本当にやめて欲しい。ユートピアの住民がゴブリンに見えたらどうするんだよ。結構好きだったアニメだからそのイメージが強く残っているんだから……。
「おばあさん、教えてくれてありがとう。それじゃそっちに行ってみるよ」
ここで一人にそう呼ぶなとか言っても焼け石に水だから、もっと多くの人の前で宣言しないと意味がないと思い、ここは流しておくのが得策だとお礼だけ言ってその場を離れることにした。
その場を離れようと振り返った時、村人を探しているうちに時間が経っていたので他の皆も追いついてきて村に到着していた。そして物凄い生暖かい目で俺を見てにやけていた。
「ふ~~ん、宗主様か。良いね、これからはそう呼んでやるよ」
「な! 聞いていたんですか? そんなの勝手に呼んでいるだけですし、呼ばないように言うつもりです。恥ずかしいですよ」
「良いじゃありませんか、宗主様。お似合いですよ」
「さ、サラまで何を言うんですか。嫌ですよ。それに俺はそんな器ではありません」
俺の目標は影のフィクサーなの。表に立つような盟主なんてまっぴら御免なんですよ。何のために黒騎士なんていう恥ずかしい恰好をしたと思ってるんだよ。
「ここには誰もいませんから、国境の水田に行きますよ」
「そうみたいだな、それじゃ俺達もその宗主園に行きますか」
フランクの野郎わざと言ってるな。最近良く俺をからかってくるんだよな。結婚式の翌日何てもろに、にやけながら昨日はどうだったなんて聞いてきたからな。とても良かったから思わず素直に返事しそうなってやばかった。
「冗談はそれぐらいで行きますよ」
「わかったわかった、それじゃ皆行こうか宗主様が言われているから」
く~~、覚えてろよフランク。この借りはいつか十倍返ししてやる。俺はあのドラマも好きだったんだよ! 本当は倍返しだけど……。
捨て台詞のような事を思いながらも目的地が決まったので、俺達はそこに向かった。
元領境の先に作った水田地帯は物凄く広大だ。大軍が戦場に出来るほどの広さだからね。そこに皆が集まっているという事は豊作を意味してるのではと思うと進む足も軽い。その気持ちが今度も皆を置いてきぼりにしてしまったが、到着前に俺の足は突然急停止。目の前に広がる人の数と黄金のような稲穂の両方に圧倒されて立ち止まってしまった。
この人数の中に今俺が行ったら……。あのおばあさんの土下座からそれはもう恐ろしい光景が想像できた。しかしあの稲穂も確認したい。村に寄った時にすれば良かったのだが、皆にからかわれたからすっかりそれを忘れていてやらなかった。
「どうしたんです? こんなところに立ち止まって」
「おいユウマ早く行こうぜ。みんな喜ぶぞ。それにお前も早く行きたくてすっ飛んでいったんだろう」
嫌々、それはそうだが、この人数の中に行く勇気は俺にはないよ。また一瞬あのアニメの大軍の出撃シーンを思い出してしまった。盟主の前に首を垂れる大軍、あんなのやられたら、その場から俺は逃げ出すよ。
もともと俺は人との付き合いが下手だったんだから、小心者なんだよ。この世界に来てから少しは変わって来たけど、それでも対等の立場とか俺の方がしたというのが多かったからやってこれただけで、もろに人に崇められる何て絶対無理。あのおばあさん一人でもあれだよ。行けるわけがない……。
そんな事考えて無防備に立ち尽くしていたのが運のつき、俺達は10人以上いるんだからそりゃ人の目につきやすい。誰かが気づきひと声上げれば一斉にその周辺の人達も見る。その連鎖はあっという間に全体に広がって、視力の良い奴が宗主と一言いえば、その結果は火を見るがごとし。
一斉にこちらに住民たちの大移動が始まった……。どうしよう逃げるわけにはいかないし、それかと言ってこのままというのもいかない。
良し! ここは早速借りを返そう。フランクに拘束魔法を掛けて動けなくしてから、フランクの陰に隠れて、拡声魔法で
「皆の者落ちつけ! 作業をそのまま続けるのじゃ! 代表のロベルトはおるか? おるならこちらに参れ! 後の者は作業を続けるが良い。後程また会おうぞ!」
これでどうだ? フランクも住民には知られているし、直接的な話はフランクがしてたから顔を良く知られているのもフランクの方だ。俺はどちらかというと黒騎士としてのイメージが強いはず、そうすれば俺よりもフランクの方が宗主と思われるかもしれない。
そんな事ある訳ないとは分かっているんだよ。でも少しでも勘違いしてくれる人がいれば、少しは意趣返し出来るじゃん。十倍返しなんて無理なのは分かっているからせめてこれぐらいはしないとね。それに一斉に来られることは回避できたからこれで御の字でしょ。
「宗主様、この度はご訪問有り難き幸せ。宗主園も豊作にてその旨をご報告出来る事、恐悦至極に存じます」
嫌々、何処でそんな言葉覚えたのよ? あなた元は庶民でしょ。これは何かおかしい? ここまでの変化はどう考えても普通じゃない。元農民が多い庶民の集まりだけでこんな変化はありえない。
「ロベルトさん、ちょっと聞くけど貴方たちに色々教えた人物はいる?」
「はい、宗主様が旅立たれてから少しして、ビーツ王国からユートピアに亡命して来た人達がいまして、その方達によって言葉遣いなどを教えていただきました」
それって間違いなく庶民じゃないよね。大丈夫なんだろうか? 話の様子からすると乗っ取りとかを考えているようでもなさそうだけど、庶民じゃないのにどうして亡命して来たんだろう? 目的が分からないから不気味だな……。
「ロベルトさん、話は分かりましたが、出来ればその口調は止めて貰えませんか、それにその宗主呼びも遠慮したいんですが。お願いできませんか?」
「何をおっしゃいますか! 黒騎士様は誰が何と言おうとここの住民たちの救世主です。それを普通の呼び方なんて出来るはずがありません」
嫌々、黒騎士も止めて欲しいのよ俺としては。出来たらユウマで呼んで欲しいぐらいなんだよ。そこを譲歩して黒騎士までは何とか許そうかなというぐらいなんだよね。どうにかならないだろうか……?
「あなた……。そろそろフランクさんの拘束といてあげないと……」
おう! すっかり忘れていたよ。ロベルトが来た時点でフランクは用済みだった。
「ふぅ~~、お前な~ 何てことをするんだよ! いきなり魔法で拘束して俺が話してるようにするなんて酷いぞ」
「まぁまぁお互いさまという事で許してよ。フランクさんもそれほど嫌がっていなかったじゃないですか。口は拘束していなかったんですから反論は出来たでしょ。それをしなかったんですから乗って来たという事では無いですか」
制約魔法はまだ出来ていないから、口は塞ぐことは出来ない。それなのに俺のあの口調の喋りが始まったらそれを拒否せず、それどころか口パクしてたからね。
「まぁ気分良かったから今回は許すが次は止めろよ」
気分良かったんじゃないか、庶民があんなセリフ普通言えないもんね。気持ちは分かるが俺はそれすら嫌なんだよ。次もこの方法で行くかな? 俺が黒騎士姿でフランクを宗主のようにするのも一つの手かな。人間腹話術……、有りかも?
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