第249話 村長
「醤油と味噌は今はそこまでないですが、ある程度ならお譲りできますよ」
「そうか、それならここはひとつ村長として今後について相談させておくれ」
え! 今何と言った? この婆さんは……。あまりに突拍子もないことを言われたので、口悪く婆さんと思ってしまったが、それぐらいのインパクトがあった。
だって村人一号が村長で、尚且つ女性だったのだから……。
この世界の男女の力関係というか、世間の評価は男性が有利に出来ている。それなのに、この村では女性が村長なのだ。こんなこと今まで聞いたこともないから本当に驚いた。
「村長! 御婆さんが村長なんですか!」
「何をそんなに驚いている? あたしが村長だとおかしいかい? それはまぁ良いとしても、その婆さん呼びは気に入らないね。あたしの名前はルイーザだよ」
「これは失礼しました。女性の村長に会った事が無かったもので……。ルイーザさんですね。よろしくお願いします」
この婆さん、嫌、ルイーザは確かにこの世界の女性の中では貫禄というかオーラがある。話し始めから堂々としていたし、この村の事に詳しくどうにかしたいが、どうにもならないことに諦め的な心情が言葉の端々に出ていた。
しかし、このルイーザならこの先の話がやり易いかもしれない。俺がユートピアまでの道を作ればこのルイーザならその後の事は勝手にやってくれそうだ。
俺が全てを手助け出来る訳じゃないからね。今までもそうだったけど、結局は俺は切っ掛けを作っているだけなんだよ。かなり手厚い切っ掛け作りではあるけど、それはこの世界があまりに歪で遅れているから仕方がない。
「それで、あんたの方は何が欲しいんだい? そうは言ってもこの村に特別欲しい物があるとは思えないがね」
「そうですね。今はありませんが、この先は分かりませんよ」
「なんだい? えらく意味ありげな言い方だね」
そこで俺は、今後の計画について話してみた。かなり大雑把な計画だけど、この村を酪農や養鶏を中心の村にして行く事を提案した。
色を抜きにすればエミュの玉子も十分勝機はある。これは俺の印象というか固定観念が思わせているだけで、この世界の人にはこの色の玉子が普通なのだから別に問題ないのだ。 だが! どうしても俺には……。 お願いだからガルスの玉子は普通であってくれ俺は切に願う!
「それじゃ何かい、あんたが魔物を飼い慣らせるようにするから、ここで育ててそれを使ってチーズやバターとかいう物を作って売れということかい?」
「大体の所はそれであっていますが、飼い慣らす魔物の種類はもっと多いです。実際エミュもここでは飼っているのではなく野生のエミュの玉子を獲ってきているのでしょ」
ルイーザと話をしていておかしいと思ったので、聞いてみればやはりエミュは草原に生息しているので巣の位置を把握して置いて、玉子の採取の場所を隔日で変えているそうだ。此処で不思議に思うでしょ? そうです。この世界のエミュは鶏と似ていて玉子を割と頻繁に産卵するのです。
前世のエミューは産卵期が決まっていて、その期間にまとめて10~30個の玉子を産みます。まぁ俗にいう繁殖期や産卵期が決まっている動物の分類に属しています。
それが意味することは、この世界のエミュは無精卵を生むという事です。ガルスはほぼ毎日のように産卵するそうですから、エミュとは差別化できると思う。恐らくだがエミュの玉子の方が栄養価は高いと予測できる。それは肉の美味しさにも関係している魔物の強さやレベルの違いが原因だと思う。まぁエミュの肉はまだ食べていないから確実に美味しいとは言えないが……。
「そうさね。だからエミュの玉子は数はないし、何時でも食べられるもんでもない。それが毎日食べられるように成るなら、皆も喜んで協力するじゃろうな」
この世界でも珍しい玉子を食べているのに、この村は辺境という場所が物凄く不利に働いている。でも俺はその辺境こそ何でも出来る場所だと思う。有り余る土地にそんな場所でも工夫して何とか生きている人たちがいるのだから……。
初めはちょっと寄るだけのつもりだったが、この村こそ俺の計画に最も向いていると思う。
「ルイーザさん、村の人を集めて貰えますか? どんなものが必要か知る為にも露店で色々と販売しますから」
「そうかい、そうして貰えると村の衆も好きなものが買えるから良いじゃろう」
それからルイーザの声掛けで集まった村の人達に露店で商売をしながら、必要な物や村の人達の生活について聞いてみた。
勿論、これにはもう一つ目的がある。それは村人全員の鑑定をする事です。
ラロックやユートピアとも違う辺境のこの村の人達がどんな人達なのか知る必要があったからね。
その結果面白いことが分かりました。理由は分からないんだけど、この村の住民は平均してレベルの割に魔力量が多いんです。当然ちょっとという程度ですよ。そうですね、同じレベルで比べたらラロックの成人男性の平均より、ここの成人男性は大体1.2倍という感じですかね。
理由は分かりませんが、可能性として一番に上がるのがエミュの玉子です。魔物の肉ならラロックの方が多くなるはず、魔境の森の魔物肉が出回っていますからね。
それなのにこの村の方が多いとなれば、ここにしかない物が原因という事に成ります。それはエミュの玉子です。この大陸でも玉子を食べているのは多分この地方だけじゃないでしょうか? 下手したらこの村だけという事もあり得ます。
実際ユートピアでも近くにガルスがいるにも拘らず、誰も存在すら知らなかったし、当然玉子も食べていなかった。
この推測がもし当たっていたら、このエミュの玉子の付加価値は大いに上がる。勿論、ガルスの玉子でも検証は必要ですが、短期間では結果は出ないでしょう。
食べ物による上昇ですから、恐らく長期間の摂取じゃないと結果は分からない。その人の体質などや食べる量にも関係してくるでしょうから、いずれにしても長期の研究が必要になる。
ただ、そんな気の長い研究をする人がいるかどうか?
教育水準があがり、生活が豊かになればそう言った研究をする人も出てくるかもしれませんが、現状では生きるのがやっとの人が多い世界ですから、まだまだ先の話ですね。
どちらにしても玉子には何か特別なものがあることは確かなようです。ガルスではそんなに特別感は出ないかもしれませんが、エミュでこれですからコカトリスの玉子に成ったらどうなるのやら……。まぁ魔境の奥にしかいないコカトリスの玉子が何度も食べられるとは思えませんけどね。
「ルイーザさん、今回はありがとうございました。次回はもっと皆さんの要望に沿う物も持ってきますね。それからお話しした計画も進められるようにしてきますから宜しくお願いします」
「こちらこそ助かったわい。行商が中々こん、この村に来てくれただけでも大助かりじゃ。計画の方は期待せんで待っておる。その方が気が楽じゃからの」
こういう所で長年生きてきているから、ルイーザの期待せんという言葉は本心だろう。これまで何度も裏切られたり、希望を打ち砕かれたりしたから悟った心境なんだろうな。
予定外の滞在で、山までの道を作るのが出来なかったが、今日は一度森まで戻って久しぶりに野営をすることにしました。
「ユウマさん、ルイーザさんって中々凄い人でしたね。女性であれだけ村人から信頼されている人なんて普通いませんよ」
「多分ですがルイーザさんのご主人が元村長だったのではないでしょうか? 推測ですがお一人で暮らしているようでしたし、その割に家も大きかったですからね。ご主人の後を継いだのか継がされたのかは分かりませんが、どちらにしてもそれを立派にこなしているんですから、凄い人には違いありません」
「私も負けていられません。女性でもあれだけの事が出来るという良いお手本にお会い出来ましたから」
エリーにしては偉く強気な発言だが、それだけ刺激を受けたのだろう。村長と奉公人では立場が違うが、二人とも年長者として若い人を指導しているところは同じだからな。ましてエリーはレベルのお陰で若返っているから、気力も十分だ。
今日は予定が狂ったが、明日からは予定通り進めよう。
そう上手く行くかは分からないが……。
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