第248話 辺境の村 ミル

 村が近くなって気づいた……。


「あれ? 門すらないよこの村。村の囲いも物凄く低い。囲いというか、これじゃ牧場の柵だね」


「やはり魔境の森に面していないからでしょうか?」


「それだけじゃないでしょうが、それがもっとも大きな理由でしょうね」


 山脈付近の森を全て調査したわけではないけど、俺の魔力感知に掛かる魔物も正直大したものがいないようだから、腕に少しでも自信がある人がいれば問題レベルだ。


 門もなければ門番もいないから、なんだか逆に村に入るのを躊躇してしまいそうだ。


「誰かいませんか~~」


 門から一番近い家に声を掛けてみた。だってこれ以上は村に勝手に入るのが気が引けるというよりちょっと怖いんだよ。


 こういう村ってどちらかと言えば閉鎖的じゃない。そこによそ者がずかずかと入り込めば当然良い目は向けられない。だから、こういう時は先ずは一人にあってこちらが不審人物ではないことをアピールしておく必要がある。


「こんにちは~~ 、どなたかいらっしゃいませんか? 旅の商人なんですが」


「商人! 商人は何処じゃ? 馬車はどこじゃ?」


 商人という言葉に反応したのか、いきなり家の奥から一人の老婆が年に似合わず、「商人」と、叫びながら飛び出して来た。


「こんにちは。私は旅の商人ですが、ご入用のものはないでしょうか?」


「馬車もないのに荷物はどこじゃ?」


「これは失礼しました。私はアイテムボックス持ちなので馬車は必要ないのです。移動も徒歩の方が色々採取したりできるものですから、馬車を使わないんですよ。腕にも自信があるので、少々の強さの魔物なら問題ないのです……」


 確かにこの辺境に馬車もなく徒歩というのは少しどころか大いに不自然。ですがここで動じていてはこの先の話も出来ない。


「この村ではどんな物が不足していますか? 今回はそういう事の調査も兼ねて伺いましたので、何なりとおっしゃって下さい。今持っている物なら直ぐにお売りできますよ」


「そうかい、それじゃ取りあえず塩は持っているかい? 後は鍋や包丁も欲しいね」


「塩は売りに来る行商はいないんですか? それに鍛冶製品と言うことは鍛冶職人はいないんですか?」


 話しの切っ掛けが出来たので、それからその老婆に色々と聞いて行ったが、それはもう悲惨なものだった。辺境で商売になるものがないので、行商自体が来たがらないらしい。売るだけで買い取る物が無ければここまで来るメリットが殆どないそうだ。


 鍛冶に関しても職人がいないし、これも行商頼みになるから結果は同じ。それじゃ今まではどうしていたのか聞いてみたら、自分たちで半年に一度お金を集めて村全体の分を買いに行っていたそうだ。


 それでもここには改良馬車もないので、一度に積める量に限界があるから、半年分と言ってはいるが、本当の意味では全然足りない。無くなればハーブの様な物だけの味付けになるので、美味しい食べ物なんて、買い出し後の何か月かだけ、あとは我慢の日々……。


 そ・れ・で・も! 此処には、な! なんと! 胡椒があるというではないですか! しかしこの胡椒がこの国では珍しくもないので、ほとんど売れない。北部に近いところの町や村の胡椒は輸出に回されるので儲かっているらしいが、流石にこの辺境では仕入れに来る方が高くついてしまう。 本当に此処は全てが悪循環だ。


「おばあさん、それじゃその売れない胡椒はどうしているんですか?」


「一応保管はしてあるけど、この気候だと保存できても1年ぐらいだね。塩があれば料理に使えば美味しくなるんじゃが、胡椒だけでは風味付けぐらいにしかならんからの」


「え! それって今もありますか?」


「あるよ! 今年もこのままじゃ半分以上処分することになりそうじゃが」


 これは大誤算! 胡椒が大量に手に入りそうだ。しかしそれにはこの村に必要な物を何か提案しないと話に乗ってくれないだろうな。


 山に鉱物があれば錬成で鍋や包丁ぐらいなら作れるから、それを交渉材料にするか?


「胡椒は分かりましたが、この村では他に何を作っていますか?」


「この村ではそうじゃのう、麦と大麦の他は玉子じゃな」


「え! 今なんと? 玉子がここにあるんですか?」


「あるよ。日持ちがせんから売り物ではないがの」


『あるよ』二度も聞くと何か……某TV……。それはさておき。


 なんという幸運! 玉子があるということはガルスがここにいるということ、これはなんとしても手に入れなければ。


「玉子はガルスの玉子ですよね?」


「ガルス? それはなんじゃ?」


 ガルスの玉子じゃないのか? それじゃ何の玉子?


「ちょうどうちに今あるから見てみるか? 魔物の名前はエミュじゃ」


 もしかしてオーストラリアにいたエミューのような魔物か? 俺の食用玉子の知識になかったから、思いつきもしなかったから、検索すらしていなかった。


 ダチョウ玉子は大きすぎて使い道が難しいから初めから除外してたけど、流石にエミューは どうだろう?


 前世のエミューの玉子の色って緑なんだよね。それと同じだったとして人々に受け入れられるかな?


「これじゃ。何なら今から昼飯じゃから、食べてみるか?」


 あちゃー。やっぱり緑だよ。これ大丈夫かな? まぁ食べてみてから最終的に判断しよう。固定観念は駄目だからな……。


「ユウマさん、何かさっきからあの玉子に怪訝そうな顔をしていますが」


 サラが小声で俺に聞いてきた。緑の玉子というのがどうしても俺の固定観念、玉子は白か赤というのが邪魔をする。うずら卵があるだろうと言われたら弁解の余地はありませんが、でもね……。


「玉子の色が……」


「玉子って違う色なんですか?」


 あぁ~~~ そうか。そう言えば俺まだガルスの玉子さえ見ていないのに、この世界の鶏系の魔物の玉子が白や赤だと決めつけている。ガルスの玉子だって下手すると青なんていう事も十分にあり得るのに。


「ほれ! 出来たぞ」


 出てきたエミュの玉子料理は普通に目玉焼きだった。塩があれば砂糖は豊富にあるのだから、玉子焼きにしたら美味しいだろうな。昆布だしがあれば出し巻きでもいいな。


 あ! そうだ。此処に必要なものがあったよ。調味料で苦労してるここなら味噌と醤油は塩不足の代替にもなる。


「美味しそうですね。ではちょっと失礼して……」


 俺は目玉焼きにインベントリから取り出した、自家製の醤油を少し垂らして食べた。それを見ていた老婆が、


「なんじゃそれは? 真っ黒で奇妙な物じゃが?」


「これは醤油と言いまして、豆と塩と菌で出来ている調味料です」


 老婆は塩という言葉に反応したのか、物欲しそうな顔で


「それをあたしにも使わせておくれ」


「良いですよ。あまり掛け過ぎると、塩からくなってしまいますから程々にして下さい」


 老婆は自分の目玉焼きに言われた通り醤油を少し掛けて一口食べた。


「……」


 あれ? 反応がない?何かリアクションするだろうと思っていたのに、反応がないから、おかしいと思って老婆を良く見ると、そこには涙を流しながら無言で目玉焼きを貪っている老婆の姿があった。


 泣くほどおいしいのかよ。まぁ日頃調味料、特に塩味に飢えているのだから、当然と言えばそうなんだろうが、多分それだけじゃないよな。醤油には第六の基本味覚うまみがあるから格別なはず……。


「どうです。旨いでしょ。これの他にも味噌というのがあるんですが、お湯に溶かすだけでもスープに成って美味いですよ」


「お主、これをどのくらい持っておる? この味なら村の衆皆が買うからあるだけ買うぞ」


 流石に村人全員と言われても、この村に何人住んでいるか知らんが、全員分は無理だよ。今回持っているのは、自分用に造ったものだから、多めに作っていると言っても全部は売れない。俺の分が無くなるからね。


 米も見つけているんだから、これから本格的に日本食が食べられるのに、それを放棄してまで売れないよ。エスペランスでもグランや国関係も動いて増産に入っているけど、まだまだ輸出に回せるほどは造っていない。


 最悪、この村の分ぐらいなら俺の魔法で熟成を早めれば造れるが出来るならあまりやりたくはない。それぐらいならここで造らせた方がよほど根本的解決に成る。


 ちなみに、この村の名前はミル、これを一番に聞くのを忘れていた俺って本当の商人じゃないな……。





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