第237話 脅迫

「今から治療をしてやるが、逆らえば治療もしないし、国王が死ぬことになる。その前に武器は全てこちらに渡してもらう。くれぐれも下手なことはするなよ」


 治療をするのに先ずは脅迫から入るという前代未聞の状態だけどしょうがないよね。


 どうしようかな? 亀裂骨折なら固定して初級ポーションで大丈夫だけど、開放骨折と複雑骨折は此処では無理。手術が必要だから医者のいる所に連れて行かなければいけないが、どれくらいの人数がいるかで、搬送方法が変わってくる。


 それに、開放骨折は処置されるまでに時間が掛かると余計な治療が必要になる。しょうがないから改良型じゃない初級ポーションで傷だけ塞いでおくか。


 結果、骨が飛び出たまま傷が塞がった不気味な状態の患者が多数生まれてしまった……。 すまん……。


 色々面倒だが、これぐらいはまだ序の口、本当に困っているのは搬送にも必要な馬が骨折してることだ。


「しょうがない、あれを試してみるか?」


 俺の魔法が凄いという事のアピールも兼ねて、敵兵の前でトーフハウスを一つ作って見せた。今からやる馬の治療方法を見せたくないというのが本当の理由だけど。


 今はやっと医者という職業が認められたばかりだから、この治療法はまだ公開できない。それは治癒魔法による治療だ。


 魔法はイメージこれは治癒魔法でも同じ。だけどこの世界ではそのイメージが大雑把だから、一回の魔法に使う消費魔力量も多く、効果も少ない。


 ポーション関係の研究はミランダ達もやっているので、俺はその先の治癒魔法の研究を時間を見つけてはやっていた。魔石交換のマッドサイエンティストの時にもこっそりいくつか実験をして結果を出している。


 それはもう鬼畜と言える所業、スリープで眠らせているとはいえ、わざわざゴブリンの指を切り落としてまた繋ぐという実験を繰り返したのだから……。


 その時のイメージを細かくしていくことで、消費魔力も減り、効果も上がって行った。骨を繋ぐ、血管を繋ぐ、神経を繋ぐ、筋肉を繋ぐ、脂肪を繋ぐ、皮膚を繋ぐ、細胞を元に戻す、ここまでイメージ出来ると指ぐらいならヒールでも繋ぐことが出来た。


 以前の研究でポーションは細胞の記憶、治癒魔法は世界の記憶で再生されているんじゃないかという仮説が出来ているから、治癒魔法に具体的な指示を入れたイメージで魔法を発動すれば、どんな骨折でも治療できるんじゃないかと思っている。


 これに成功すれば、病気の正体というか原因が分かれば、病気も治癒魔法で治せるように成る。多分それには魔力量も必要になるとは思うけど……。


「これから馬の治療をしますが、その治療方法は我が国の秘匿技術なので見せられないから、兵士たちがこの建物に近づかないようにしてください」


 一緒に治療にあたっている住民たちにそう告げて、トーフハウスの警備をお願いした。


 それから数時間、結果的に馬の治療は俺の思惑通り成功したんだが、その数の多さに仮説が立証された喜びよりも、もう当分この治療はしたくないという思いの方が強かった。だって300頭は流石にキツイよ。


「馬の治療も終わったので、今後の事を国王と話し合って来ますから、ここの警備は任せます。見た感じ戦意を喪失してるみたいだから、反抗する人はいないと思いますが、くれぐれも油断しないで見張ってください」


「任せてください! ちょっとでも変な動きをしたらこれで頭を打ち抜いてやりますから」


 住民の代表のロベルトがわざと敵兵に聞こえるようにそう言って、クロスボウをトーフハウスの壁に向かって打ち出した。近距離だったのもあるが、弓でいう矢の意味のボルトが貫通まではしなかったが、壁の奥深くまで刺さった。


 それを見た敵兵はその威力に驚き、ロベルトの言っていることが誇張ではないと実感して、より一層大人しくなった。


 このロベルトいう人は中々の策士だ。人を掌握する術を良く知っている。


「どんな様子です? 国王は?」


 国王を閉じ込めているトーフハウスの警備をしていた、副代表の一人ラングに俺は聞いた。


「あれでも国王ですかね? 俺達はあんな臆病で情けない奴のせいでこれまで苦しんでいたと思うと本当に腹が立ちます。俺の両親はあいつのせ……」


 最後までは言わなかったが恨んでいるというのは良く分かる。それでも最後まで言わなかったこのラングは副代表という自覚があるようだ。


 ここで復讐しても何も変わらない、死んだ人はもう戻ってこないのだから。それにこれからの事を考えたら、この国王には生きていてもらわないと先に進めなくなる。それを分かっているから、ラングは最後まで言わなかったのだろう。


「ビーツ王国国王よ、これからいう事を良く心に刻め。我が国は何時でもそなたの国を亡ぼせるが、それはやらないで置いてやる。その代わりここには一切手出しはするな。そうすればそなたの国の復興に協力してやる。しかし、その約束を反故にしたら王都は火の海に成ると思え。出来ないとは思わないよな? 王都にチラシが人知れず撒かれたのだから……」


「本当にそれだけで良いのか? その約束を守れば侵略はしないんだな」


「一つだけ付け加えておく、我が国は約束は守る国だが、ここの住民と同じようなことが、この先またこの国で起これば、その約束は無かったことになる。それも肝に銘じておけ」


 ここまで言ってやれば、頑張ってこの国を良くするように動くだろう。まぁそうしないなら国が亡ぶだけだ。そうは言っても俺も出来ればそんな事はしたくないので、カルロス辺りを利用して、この国のテコ入れはするつもり。


 それにしてもラングが言っていたのが良く分かるな。この王は本当に愚王だ。国王が此処につかまっている段階で、本当ならこの国はもう侵略されてしまっているという事に気づいていないんだからな。


 取りあえずはもう一度だけチャンスをやるか、それでもダメなら首を挿げ替えればいいだけだ。最悪ビクター辺りにこの国を任せるのも一つの選択肢かも……。


 何だか今日は他にも色々あったはずなのに、一日が脅迫で始まり脅迫で終わったみたいだな? これじゃ正義の味方じゃなく悪役そのものだよ。


 それからの日々は暫く戦後処理に忙しく動き回った。カルロスに事の顛末を報告して、医者の増援を頼んだり、それとなくこの国の運営に介入するようにお願いしたり、この偽りの植民地の復興というか改造に奮闘した。


 川から水路を引いたり、水田を作って稲作をしてもらえるように頼んだり、漁業のやり方も定置網などの技法を教えて漁獲高の安定を計ったりと色々とやって急場は何とか凌げるようにした。


「ロベルト、ここまでくれば当分は生活に困らないだろうから、俺達は一度国に帰る。此処の事は皆で協力して現状を維持すれば良いから、次に俺達が来るまで頑張ってくれ」


「はい! 任せてください。このクロスボウのお陰で狩も余裕で出来ますから、食に困ることはないですから、ゆっくり住居の整備や教えてもらった船を作って待っています」


「あぁそうそうこれを渡しておく、このメダルはこの国の国民という証だ。全員の分は用意できなかったが、何かあってここからビーツ王国に行かなければいけなくなった時に、その人にこれを持たせろ。国王にはこのメダルの意味を周知するように言っておいたから、問題なく行けるだろう。医者の増援も頼んでおいたから隣領にも派遣されるはずだ。病気人が出たら遠慮せず使え」


「ありがとうございます。怪我人用にポーションも大量に用意して貰ったばかりか、このようなことまで考えて頂いて感謝しかありません」


 これでここの事は取りあえず良いとして、問題は帰国してからだ。結婚式は当然の事だが、今回旅の事に関する事が山ほどある。勿論、俺達の秘密についての報告も国王達にしなければいけない。


 報告したら質問だらけになるんだろうな? 誰か変わってくれないかな? 国王に会うなんて超めんどくさい。これだけはずっと避けてきたのにもう避けられない。世界の産業革命にはこの国の協力が絶対に必要だからしょうがない。


 今回ばかりはしょうがないと諦めてはいるんだが、元が小心者の俺はこの時の思考がもろに顔に出ていたようで。


「ユウマさん、諦めて頑張りましょう」


「ユウマ、年貢の納め時だ」


「ユウマさんがやらないで誰がやるんです」


「さあ! 帰って結婚式の準備をしないと」


 一人だけ能天気な人がいるようだが、皆から諦めろコールを貰ったので覚悟を決めることにした。


「本当に誰か変わってくれないかな?」


「ユウマさん!」


 覚悟を決めると思った矢先からこんな言葉が出る俺に、サラから叱咤激励というよりも、いい加減にしろ的な言葉が飛んできた。







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