第210話 呼び出し

 帝国の計画がなんとなくわかったので、直ぐにビクターに知らせて対応して貰う事にした。


 兎に角相手は戦争に持ち込みたいみたいだから、そうならないように慎重に事を運ばなければいけない。


 それにはまず大使を呼び出し、大使経由で皇帝に密かに報告して貰う事。


 問題はそれが間に合うかなんだよな。まして密かにというおまけつきだから、簡単にいかないのは分かっている。


「急な呼び出しですが、何かありましたでしょうか? カルロス宰相殿」


「ピッケル殿、今日お越しいただいたのは、貴国と我が国が戦争になりそうなのでお呼びした」


「な! それは誠ですか! 私は何も知りませんが」


「ピッケル殿が知らないという事はこちらの予測が当たっているようですな」


 カルロスはユウマの調べた情報から予測されたことをピッケルに伝えた。軍部と皇太子が行動を起こし、国境とラロックで騒ぎを起こす予定だと。その結果両国が戦争状態になると予測していることを……。


「あのバカ皇太子! 何を考えているのだ!」


「好戦的な皇太子だとは聞いておりましたが、ここまで愚かだとは私共も思っておりませんでした。皇帝が良いお方なので、これからも友好的にやって行けると思っていたのですが」


「勿論です。これから先我が帝国が繫栄するには、貴国との関係は無くてはならないものです。そのような状態での呼び出しです。私に何か出来ることがあるという事ですね」


 流石は大使を務めているだけある。この状況下で呼び出されたのには理由があると直ぐに理解した。


「こちらとしても戦争になることは望みませんので、出来れば皇帝陛下に密かに連絡を取っていただきたいのです。どうも今回の事は皇帝陛下はご存じないようなのです」


「勿論です。皇帝陛下はこんな無謀なことをされるお方ではありません。すぐさま連絡は取りますが、如何せんこの状況だと無事に書状が届けられるか……」


 カルロスもそれは分かっていた。国境に軍隊が集結しているのだから、無事にそこを抜けられる保証はどこにもない。


 王宮でこのようなやり取りが行われている頃、俺はラロックでの対応を実行していた。


「サラ、どう考えても今回の事は後手に回ってはいけない事なので、こちらから仕掛けます」


「こちらから仕掛けるとはどうするのです?」


「簡単なことですよ。帝国の諜報員を全員捕縛します。そして全員を国に返します」


 帝国の諜報員が動いてからではどちらにも被害が出る可能性があるなら、相手が動く前に処理した方が何も問題ない。夜中に宿に侵入して全員スリープで眠らせればいいだけの事。ラロックにいなければ何も起こらないんですから、これが最善の手なのです。


 そして諜報員返すのと一緒に今回の事の顛末を書いたビラを敵軍にばら撒く。皇帝の許可なく今回の事が行われているという事を末端の兵士が知れば、いくら軍部の上層部が命令しようとも兵士は動かないだろう。


 それでも引かないなら、飛行船から怪我人が出ないように大きな石を落とす。夜にやれば飛行船を見られることもないだろうからね。照明弾のような魔法でもない限り……。見えても黒い点のようにしか見えないでしょう。


 王宮では当然、皇帝に連絡を入れようとするだろうが、俺は多分それが日数的にも厳しいと思っているから、こちらで出来る事をやろうと思った。


 フランクとの話し合いの時は国境のことは国に任せるようなことを言っていたが、どう考えても相手に主導権があるから、後手に回ってしまう。


 それではどうしてもこの国に被害が出た後になるから、それを避けるにはこちらが先手を打つ必要がある。それがこの作戦。


「ユウマさん、二人だけでやるんですか?」


「はい、この作戦は俺達だけでやります。そして最後までしらを切ります」


 フランクは飛行船の事を知っているから、何が起きたか知れば直ぐに俺だと分かるだろうが、今回の作戦をフランクに言えば、止められるか、自分も行くというかのどちらかだから、巻き込まないように俺達だけでやる。


「巻き込まない為でしょうからそれは良いですが、ラロックの町から諜報員をどうやって外に出すんですか? 夜は門が閉まっていますよ」


「それなら大丈夫です。もう宿の下に地下通路を作ってありますから」


「いつのまに……。ユウマさんには呆れますね」


 地下通路を作るのはもうお手の物なので、数時間も掛からないで作れるけど、問題は宿の店主に了解を取らないといけなかったからその方が苦労した。


 宿の店主には地下倉庫を作ってやるからという条件で承諾させた。勿論、地下通路のことは言っていない。諜報員の情報をくれたお礼という事にしているから、そこまで違和感はないだろう。ただ数時間で作ってしまっては俺の能力がバレてしまうので、2週間ほど掛かると誤魔化してはいる。それに特別だという事も忘れずに言って口止めも忘れていない。


 だから今回の事が片付いても、アリバイ工作的に2週間ほど宿屋に通わなくてはいけない。作業自体よりもこんな感じで色々とやった事の方が大変だった。


「それじゃ、今夜決行します。先ずは諜報員をスリープで眠らせて、その後一旦地下に集めて、飛行船に積み込みます」


「飛行船は何時持ってくるんですか?」


「フランクには2日ほどサラと家に帰ってくると伝えていますから、夕方になる前にここを出て、夜に飛行船でここに戻ってくるつもりです」


 町の外まで掘った地下通路を使って、宿に潜入して諜報員を拉致する予定。宿には置手紙と多めの宿賃を置いてくればそこまで大きな問題にならないだろう。


 宿の店主も客が諜報員だという事は知っているから、騒ぎを大きくすればその分自分が危なくなるのは分かるだろうからね。


「フランクさんは良く了承しましたね。あの方のことですから、自分もと言いそうですが」


 そうなんだよね。フランクは最近ことある毎に俺の家に行きたがる。飛行船に乗りたいのもあるだろうが、レベル上げに執着してるから魔境の奥に行きたがる。


 その大きな理由が魔力量と寿命に関係している。フランクは家族思いだし、特にシャーロットを大事にしているから、自分だけが寿命が延びるのが嫌なようで、家族の寿命を延ばすために、自分が強くなることを目標にしているようだ。


 俺に頼めばいい事なんだが、そこがフランクの良い所で、俺を私事で利用したくないみたいだ。本当にフランクという人間は良く出来た人間だ。だからこそここまで一緒にやれて来たんだとつくづく思う。


 その日の15時ごろラロックを出て、家に一旦戻り飛行船で夜中に戻って来た。


「サラ、スリープの魔法は失敗しないでしょうが、確実にやるために今回はこの魔方陣でお願いします」


「はい、人間に掛けるのは殆どやっていませんから、その方が確実ですね」


 魔物にスリープを掛ける練習はしていても、サラは殆ど俺といることが多いから、他の人より練習が足りていない。ましてニックのように医者でもないから、人に掛けることが殆どない。


 魔方陣で掛ければ同じ魔法が何度も打てるけど、魔方陣なしだとその都度違ってくることがある。これも魔法の習熟度の問題なんだろう。魔物なら強く掛け過ぎても良いが、人だと眠り続けてしまうかもしれないから加減がいる。


 覚醒の魔法を作れば良いのだろうが、まだ作っていない。どうしてもこういう魔法は必要にならないと作ろうとしないんだよね。だって自然に目が覚めるんだから、強制的に目を覚ます必要が今までなかったから……。


 人の心理なんだろう? 必要という欲望がなければ欲しがらない。この世界が歪に進化したのもそれが原因の一つなんだから、俺がそうであっても不思議ではない。


 宿の部屋のカギは簡単に開けられた。だってこの世界に前世のようなカギはまだ存在しない。歯車が作れなかったのにそんなものがあるはずがないのだ。


「ユウマさん!」


 この時鍵の事を思いついたが、俺が何か考えだしたなと気づいたサラに強制的に止められて、何とか思考の渦にはまらなくて済んだ。


「すみません。また思いついたものがありまして……」


「それは私がメモしておきますから、今度考えてください。お願いですから時と場所を考えてくださいね」


 サラの言う通りである。本当に場所を間違えたら命とりだ……。




















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