第209話 避けられないのか?

クルンバの活用がひと段落した頃、ラロックの諜報員の動きが活発になって来た。


「ユウマ、兄さんの所にビクター様からクルンバで連絡が来たが内容が物騒なんだ」


「内容が物騒とは? まさか! 」


以前からフランク達とは将来的に起こりうることについて話していた。その中でも争いごとについて……。


「そのまさかだ。何でも帝国が国境に軍隊を集めているらしい。国境の砦には演習だという報告がされているらしいが、どうもここの諜報員の動きからすると何か行動に移すことは確か見たいだ」


「それでもいきなり戦争はおかしいですね。国境の軍隊は陽動ではないでしょうか?」


国境に注意を向けておいて、この国の中、特にゾイド辺境伯領のラロックで何かする方が現実的だ。


実際、諜報員の動きはビクターや国にも報告を入れてあるから、この国の諜報員もこのラロックに来て、他の国の諜報員の動きを監視している。


俺も時々ラロックの町に行っては、諜報員の泊っている宿の確認などはしている。


「陽動? それなら本命は何だ?」


「はっきりとは分かりませんが、俺の予測だとここラロックではないかと思います」


「ラロックだけでは範囲が広すぎる。それに襲撃なんていうのは無理だろう」


確かに他国の諜報員が増えたと報告してから、ラロックや領都の警備は厳しくなっているし、その為に警備兵の増員もされている。


襲撃が無いとすると誘拐しかなくなるが、ターゲットも多すぎて絞り込めない。それでも一番可能性が高いのが俺、その次が賢者候補だ。それでも俺が賢者候補だと呼んでるだけだから、表に良く出ているメンバー以外は比較的安全だろう。


危ないのが、フランク、ロイス、錬金術師だとミランダ。スーザンも危ないが流石に貴族には手は出さないと思う。


しかしそういう意味で言えば俺も一応名誉爵位だが、伯爵だから迂闊には手は出さないよな。お義父さんの屋敷もあるくらいだから……。


「ユウマ、お前は陽動だと言っているが、絶対ではないだろう?」


そうなんだよな。演習だけが陽動では無いからな。実際に動くことも陽動にはなる。国境付近で紛争でも起こせば国の目は全てそこに向く。本当の目的が侵攻かどうかという事なんだよな……。


「そうなんですが、どちらにしても国境の事は国に任せて、俺達はこのラロックの事だけ対応を考えましょう」


「そうだな。国境の事は俺達がどうにかできる問題でもないからな」


出来ないことはないけど、フランクにそれを言うつもりはない。いざとなったら、飛行船で空から攻撃魔法の雨を降らしてやることも出来るし、単純に空から石を落とすだけでも十分な攻撃になる。


「それにしても、どうして急に帝国はそんな動きをしたんでしょうか?」


「それは俺も気になったから兄さんに聞いたが、ビクター様からの手紙にはその辺については書かれていなかったそうだ」


やはり情報が少ないと動けないな。理由が分かればこちらの対処も楽なんだが……。


「ただな、父さんと兄さんの話だと帝国の皇太子はかなり好戦的な人だということらしい」


他国にまで性格が知られているって、いったい何をしたんだよ? 


「そうなると、もしかして留学生を退学にしたことが原因なんでしょうか?」


「可能性はあるかもな? 帝国の皇帝は温和な人だと聞くから、退学にしたぐらいではこんな事しないだろうが、皇太子ならあり得るかも?」


今回の騒動の原因になりそうなのはこの国の情報を得る事だけど、殆どの情報は特許登録してるから、原因になりそうなものがない。


強いて言えば、ミランダの化粧品と魔法ぐらいだろう。魔法に関しては学校で教えているから……。でもな~~ 全員が退学になったわけでもないんだから、ここまでするか?


性格が好戦的なやつの考える事って単純そうで分かりやすいように思うけど、怒りの沸点も分かり難いから、理由が分からない。普通の人が怒らない所で怒るからな……。


しかし、今打てる手は一つしかない。兎に角情報を集める事だ。


「取り敢えず賢者候補と見習いには暫く外出は控えるように言ってください。それとサイラスさんたちには俺から夜の警備をお願いしておきます」


「おう、伝えておく」


フランクと別れて直ぐにサイラスに用件を伝えてから、俺はサラを迎えに行き情報を得るために行動した。


「サラ、状況は分かりましたね」


「はい、そんな事になっているんですね。それでこれの出番ですか?」


「そうです。兎に角今は情報が足りない。ですからこれの出番です」


これで話が通じているが、これとはクルンバとムスラットのこと。サラには感覚共有の使い道は説明してあるので、何をするかもう理解している。


「帝国の諜報員が泊っている宿はあそこです。サラはクルンバを使ってあの部屋を監視してください。俺はムスラットを何とか部屋に侵入させますので……」


宿の店主とは諜報員が滞在するようになってから、直ぐにコンタクトをとって協力を要請している。ラロックでグラン商会の名前を出されて協力しない人はいないからね。


侵入方法は部屋の掃除のついでにムスラットを部屋に放してもらう。ただ店主の話だと部屋を空にすることがない部屋があるそうだ。帝国の諜報員は数が多いので何部屋か使っているがその一つだけは掃除の時でさえ人が必ずいるらしい。


多分そこには見られたら困るものがあるからなんだと思う。帝国からの指令書とかがあるか、作戦本部的なところで計画書みたいなものがあるのかもしれない。


ムスラットの訓練はしてるけど、まだまだ複雑な命令は無理だから、部屋に隠れる事しかできない。それでも部屋にいれば、余程の小声でなければ盗聴は出来る。


「どうする? 皇太子の命令に従うのか?」


「俺だってどうしたら良いか分からん。無茶苦茶な命令だぞ」


「本当に何を考えてるんだ、あの皇太子は……。全てを燃やせってなんだよ」


「皇太子はここの建物のこと知らないのか? 木造じゃないんだよ。燃やせても内部にあるものだけで、それを燃やそうと思えば内部に侵入しなくてはいけないし、油でも撒かない限り燃やせない」


「そうなんだよな。学校と病院はまだ内部の構造が分かっているが、グラン商会の拠点は殆ど分からない。それでどうやって燃やすんだよ」


「国境で騒ぎを起こすから、その時にやれというけど、今の現状だと国境でなにが起ころうと、ここの警備は薄くならないぞ」


なるほどね。内容からすると諜報員も迷っている訳ね。そりゃそうだ、ここの警備は全く減っていないから、燃やすにしても大量の油なんか運べるわけがない。


それにしても皇太子は此処の情報を殆ど知らないのかね? レンガで作られた建物もこのラロックにはあるし、学校や病院は見た目的にはレンガで出来ているように見せている。それなのに燃やせ? 木造じゃないんだからそう簡単に燃えるかよ。


それにしてもすべて燃やせってどういうつもりなんだろう? 情報は必要ないという事になるぞ、これでは……。


ん~~ もしかして国境の演習は陽動でもないのかも? 本当に演習の予定があったものに、皇太子が便乗したと考える方が納得がいくな。


そうなると、燃やせと言う命令からしても、ただ腹が立つから仕返しというごく単純な理由みたいに思える。好戦的な性格からしても一番しっくりくるな。


もし発覚しても、それを理由にこちらが報復すれば、そのまま戦争に持ち込める。あ! これって帝国の軍閥貴族も一枚かんでるな。皇妃の実家が絡んでる可能性がかなり高い。


もしかしたら軍の計画も皇帝は知らないんじゃないだろうか? 切っ掛けは皇太子が腹を立てたことだが、それに軍が便乗したのが正解で、皇太子が便乗したのではないかも?


まぁどちらが便乗したのかはどうでもいいけど、一番最悪なケースは戦争になるという事だな。それもこちらに報復させて口火を切らせるという姑息なやり方だ。


どうしてこう好戦的な考えの奴って思考が足りないんだろう? こちらが報復しなければただ賠償を請求されるだけなのに……。


それでも帝国とこの国とが険悪になるという目的は達成するからそれでもいいのか?


でもそれだと、皇太子や軍は責任を取らされるだろう。取らされない自信でもあるんだろうか?


帝国の権力図は分からないから何とも言えないな……。
















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